2024年10月14日

【焦点】究極の原発延命策を狙う 電気料金に建設費 衰退産業のコストを転嫁─龍谷大学教授・大島堅一氏が指摘=橋詰雅博

原発新増設の費用を電気料金から上乗せ徴収
 経済産業省は、2024年度中に策定する第7次エネルギー基本計画(エネ基)に、原発新増設の建設費などを電気料金に上乗せする、新たな原発支援制度を盛り込む方針だ。
 これまで利用者が支払っていた電気料金は、基本料金+使用量に応じた電気量料金+再生可能エネルギー発電普及のための賦課金の3階建て。これに原発建設費、維持費、廃炉積立金などを含む原発料金が加わると4階建てに。まだ稼働していないのに市民は料金を支払わされる。背後に何があるのか。
 エネルギー安定供給とCO2排出抑制を口実に、原発を最大限利用に方針を転換した岸田文雄政権は、2030年度の発電量に占める原発比率の目標を20〜22%とした。実現には27基ほどの稼働が必要だ。現在動いているのは12基で、全発電量の5.5%に過ぎない。目標クリアには再稼働だけでは足りず、原発新増設は不可欠である。

米国では13基閉鎖
 しかし電力会社は、新増設に踏み切れない理由がある。高騰する建設資材や人件費、膨れ上がる事故対策費などで原発コストが爆上がり≠オているのだ。
 米国投資コンサルタント会社ラザードの2023年調査では、原発コストの平均値は、陸上風力や太陽光の再生エネルギー発電の平均の3倍以上。そのうえ建設資材や人手不足で建設期間は大幅に延長が欧米で常態化している。
 米国では2011年以降、13基が「収支は赤字」という理由で閉鎖された。フランスの新型原発は12年も遅れでこの9月4日に稼働。その建設費は当初予定の4倍になる132億ユーロ(2兆1千億円)に激増した。
大島堅一.jpg 日本の原発建設費用も1基あたり1兆から2兆円。このため「原発事業に未来はない」と川崎重工業や住友電気工業など、20社が原子力事業から撤退した。
 国際環境NGO「FoE Japan」が8月19日に開いた緊急オンラインセミナーに出演した、原発問題に詳しい龍谷大学政策学部の大島堅一教授(写真)は「日本の電力会社にも原発は重荷になっている」「原発事業の継続に新増設は欠かせない、そのため支援の資金メカニズムが必要と電力業界は主張した」と指摘している。

費用回収スキームの巧みな導入
 この電力業界の主張に同意する日本政府は、支援策として英国考案の「RAB(ラブ)」モデルに目を付けた。制度が複雑なRABモデルを簡潔に説明すれば、建設工事費用などを消費者から回収するスキーム。
 これまで英国の公共工事(水道・ガスなど)やヒースロー空港の第5ターミナル建設に適用された。さらに原発をRABモデルの対象にするため原発融資法を、2022年に制定した。その第1号が、英国政府とフランス電力公社が折半出資して建設中のサイズウェルC原発である。
 日本でも、あらかじめ建設費を始め諸費用を電気料金に加え、費用の回収に目途をつけてから新設予定の原発工事が着手されるだろう。

都合の良い具体策
 英国環境団体などが強く反対するRABモデルの問題点について、大島教授は@建設増大・遅延コストのリスクを市民に転嫁、A費用の確実な回収は電力会社のコスト意識を低下させる、B電力自由化に逆行、C再エネ・省エネの拡大を妨げる―などを挙げた。
 大島教授は日本版RABモデル≠「究極の原発延命策」と名付けた。モデル導入という文言だけを、第7次エネルギー基本計画(エネ基)に入れ、制度設計はその後に行う見込み。経産省と資源エネルギー庁は作り上げた既成事実に基づき、国や電力業界にとって都合のいい具体策を取り入れるのではないか。
 電気料金の大幅値上げを強いる理不尽な新原発支援制度に対し、市民は断固反対しなければならない。
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2024年10月10日

【リレー時評】<君死にたまふこと勿(なか)れ>の響き合い、改憲阻む歩み=藤森 研(JCJ代表委員)

 自民党総裁選が行われた9月。乱立した候補は、口々に「憲法改正」を言う。保守票が目当ての下心が見えて、浅ましい。
 今から120年前の1904年9月。雑誌『明星』に、有名な反戦詩が載った。
 <清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき>と、清新に歌ってデビューした若手歌人・与謝野晶子が、唐突に<君死にたまふこと勿(なか)れ>と反戦をうたいあげ、世を驚かせた。日露戦争の真っ最中である。

 自宅への投石や、文壇の重鎮の批判にも、晶子は毅然とこの作品を護った。詩は、戦地にある弟を思う姉の真情だが、同時に、尊敬してやまないロシアの文豪トルストイへの「返し歌」だった。
 トルストイは日露戦争に対し、烈々たる反戦論文を書いた。さすがにロシア国内では出版できず、1904年6月、英紙『タイムズ』に発表した。その1節に、
 <「汝、殺すなかれ」の戒めに背き、人と人が野獣のように虐殺し合うとは、そも何事か。この戦争は、宮殿に安居し栄誉と利益を求める野心家らが、ロシアと日本の人民を犠牲にしているのだ>
 とある。晶子の<君死にたまふこと勿れ>の第三連にはこうある。<すめらみことは戦ひに おほみづからは出でまさね かたみに人の血を流し 獣(けもの)の道に死ねよとは>

 天皇自らは戦場に行かれない。戦争は安全な場所にいる指導者が起こし、獣のように殺し合いをさせられるのは両国の人民だ――。庶民の立場からの反戦の理が、トルストイと晶子で見事に響き合っている。
 与謝野家が購読していた東京朝日新聞に、「トルストイ伯 日露戦争論」が訳出連載されたのは、1904年8月2日から20日までだった。<君死に…>が載る『明星』の締め切りは、8月20日(一説に22日)。
 他にも符合する点があり、晶子はトルストイの反戦論文を読んで、<君死に…>を書いたと推認できる。新聞にそう書くと、何人かの晶子研究者が賛同してくれた。
 タイムズのトルストイ反戦論文は当時、世界に反響を呼んでいた。米、仏、英の作家や学者が同感を表明。晶子の詩も、世界的反響の一つに位置づけられる。ただトルストイと晶子の場合は、勇敢にも戦争当事国内から挙げた反戦の声だった。

 「戦争は悪だ」というその思想は、戦争違法化論の源流となる。それは連盟規約、不戦条約、国連憲章へと発展し、日本の憲法9条を生んだ。
 いま、イスラエルによるガザ市民の虐殺に、米国の学生運動をはじめ世界で抗議の輪が広がっている。翻って、日本の動きは実に乏しい。
 保守的な日本の気分に悪乗りし、総裁選後の新首相は、軽躁に明文改憲を企てるかもしれない。
 だが、軍拡を進める政府が今でも「専守防衛の枠内で」と言わざるを得ないのは、多少傷ついたとはいえ、平和憲法がなお厳然と生きているからだ。改憲は、平和へ向かう世界の歩みに明らかに逆行する。日本の市民が、止めなければならない。
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2024年10月07日

【Bookガイド】10月に刊行の“推し本”紹介=萩山 拓(ライター)

 ノンフィクション・ジャンルからチョイスした気になる本の紹介です(刊行順・販価は税別)。

川端美季『風呂と愛国─「清潔な国民」はいかに生まれたか』 NHK出版新書 10/10刊 980円
風呂と愛国.jpg 私たち日本人が「毎日風呂に入り、お湯に浸かるのは当たり前」という意識や習慣は、いったいどこからきたのか。「日本人は風呂好き」のルーツを、江戸時代の入浴習慣や「清潔な国民」を育てるために進めた衛生指導、さらには国民道徳としての身体・精神の「潔白性」強調など、入浴を通して見えてくる「衛生と統治」のカラクリを、立命館大学准教授(専攻・公衆衛生史)の著者が日本の近代史を通して考察するユニークな新書。

日向咲嗣『「黒塗り公文書」の闇を暴く』朝日新書 10/11刊 900円
黒塗り公文書の闇を暴く.jpg モリカケ、桜を見る会など、解明のための資料請求に、政府は「黒塗り公文書」を平気で出してきた。その悪習がいまや地方自治の現場でも行われるようになった。公文書が黒塗りで情報開示される事態が多発している。市民が開示を求めた情報を、どうして行政は黒塗りにするのか、なぜ許されるのか?黒塗りで隠された官民連携の実態に迫る! 著者は数々の地方自治体に情報開示請求を行い、公文書の闇に迫る活動を続けるジャーナリスト。

原武史『象徴天皇の実像─「昭和天皇拝謁記」を読む』岩波新書 10/21刊 960円
象徴天皇の実像.jpg 昭和天皇と側近たちとの詳細なやり取りを記録した「昭和天皇拝謁(はいえつ)記」。政局や社会情勢、戦争について饒舌に語る昭和天皇の等身大の姿が浮かび上がる。歴史上はじめて象徴天皇となった人物の言動は、どんな内容だったのか。私たちにとって「象徴」とは何なのか。日本政治思想史を専攻する著者が、新聞記者の現役時に昭和天皇の最晩年を取材、その後も昭和天皇について研究を重ね、その成果の上に論考する。

鈴木俊幸 『蔦屋重三郎』平凡社新書 10/21刊 1000円
蔦屋重三郎.jpg 来年のNHK大河ドラマ「べらぼう」の主人公─蔦屋重三郎とはどんな人物か。江戸吉原の人気ガイドブック『吉原細見』を独占出版し、続いて狂歌と浮世絵を合体させた豪華な狂歌絵本の刊行、山東京伝らによる戯作を出版、歌麿や写楽などを見出し、大成功をおさめた。この名プロヂューサー「蔦重」がもたらした文化的な影響を軸として、蔦屋重三郎という人物を浮き彫りにする書き下ろし。著者は中央大学文学部教授で近世文学・書籍文化史を専攻。

ニュースサイトハンター編『追跡・鹿児島県警 闇を暴け!』南方新社 10/25刊 1800円
追跡 鹿児島県警.jpg 今年6月、鹿児島県警は2件の内部告発を機に、県警本部長の隠蔽疑惑、内部告発者の逮捕、報道機関への強制捜査など、底なしの闇が暴かれた。本書の編者・ニュースサイトハンターは、福岡市を拠点に政治・行政に特化した記事を配信している。そこへ鹿児島県警は家宅捜索に入り、公益通報を単なる情報漏洩にすり替えようとした。この事態の詳細と鹿児島県警の闇を、徹底的に調べ告発する本書は、ジャーナリストはもちろん一般市民の必読書。
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2024年10月03日

【マスコミ評・新聞】慰霊碑破壊を声高に叫ぶ右派団体=白垣詔男(JCJ代表委員)

 1923年の関東大震災時に虐殺された朝鮮人問題について、非常に強く印象に残る記事を読んだ。
 9月4日、毎日新聞(西部版)夕刊2面「特集ワイド」の吉井理記記者の報告だ。
「関東大震災の朝鮮人虐殺『否定派』が今年も集会/一線越えた『慰霊碑破壊』予告/『なかったこと』に101年前と変わらず」
 という見出しが示すように、朝鮮人虐殺犠牲者の慰霊碑(1973年建立)がある東京・両国の都立横網町公園で行われた追悼式典の同時刻に、2017年から、追悼式典そばで「そよ風」という団体が中心となって始めた「真実の慰霊祭」なる集会を取材、検証した内容。

 吉井記者は「忘れたい失敗はだれにでもある。でもホントに忘れたらどうなるか。近年、関東大震災があった9月1日に、差別に基づくデマで日本人が多くの朝鮮人を虐殺した大失敗について、『なかったこと』にしたい人たちの奇妙な運動が続いている」と前文に書いているように、この「奇妙な運動」を確かな視点で掘り下げる。
 ただ「そよ風」の集会は、部外者には目に触れないように白い幕で「目隠し」をしており、取材も拒否したという。

 記事の中で私が一番衝撃を受けたのは、「そよ風」集会の中心人物の一人で、作家・三島由紀夫が作った「盾の会」元会員が、「6000人虐殺というウソの慰霊碑、これを我々は必ず撤去します。破壊します!」と「破壊予告」をした大声を聞いたというくだり。
 また、吉井記者は「思えば『そよ風』が集会を始めた2017年は、歴代都知事が続けてきた朝鮮人追悼式典への追悼文の送付を、小池百合子都知事が取りやめた年でもある」と書く。
 さらに、ジャーナリスト安田浩一さんの発言「最大の問題は、差別と偏見を真っ先に止めるべき行政や政治家が、こうした風潮を助長しているとしか受け取れないことです。…小さな差別は積み重なって大きな差別を伴い、『殺しても構わない』という社会を招く」を紹介する。

 「関東大震災時の朝鮮人虐殺」については朝日新聞が8月30日付社説「朝鮮人虐殺 史実の黙殺は許されぬ」、毎日が9月6日付社説「朝鮮人虐殺の歴史 向き合わぬ政治の不誠実」の見出しで、行政の歴史に向き合わない修正主義を声高に批判している。
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2024年09月30日

【おすすめ本】 中島京子『うらはぐさ風土記』―やさしい物語の陰に潜む社会の現実=鈴木 耕(編集者)

 懐かしい街をゆったりと歩いているような小説に出会う。寝っ転がって時折ふふふと頬を緩めながら読む。ごく普通の暮らしのようでいて、でもそれぞれに何かを抱えている人たちが、なんとなく知り合う。

 長いアメリカ生活から離婚を機に帰国し、母校の女子大で講座を持った沙希が主人公。彼女が暮らすのは伯父の家。伯父は認知症になり施設に入所した。その家がある街が「うらはぐさ」という東京の西の穏やかな街。うらはぐさとは風知草のことで花言葉は未来…。
 伯父の友人だった足袋屋の主人とその妻、沙希に懐くちょっと変わった女子大生2人組、大学教師の同僚とゲイのパートナー、沙希が幼いころに通った小学校の校長先生や、そして妙に気になるのが芝居をやっていた頃の仲間の影。
 こんな人たちが現れては、沙希との不思議な交流を重ねていく。別れた夫の突然の出現には読者も息をのむが、それも快いエピソードのひとつ。

 この著者の作品の素敵なところは、やさしい物語の裏に現代社会が持つ厳しい現実が見え隠れする部分で、この小説にもそれが反映される。沙希が通う静かだが活気のある「あけびの商店街」に道路拡張計画が持ち上がり、商店主たちが立ち退きを迫られ、それに対する抗議の住民運動が起きる。
 LGBT問題とパートナーシップ制度、さらには空き家問題も絡むのだから、著者の社会を見る目の確かさが伝わる。そして、ほんとうに心温まる結末が待っている。私がこの著者が大好きな理由がここにある。(集英社1700円)
            
うらはぐさ 写真.jpg

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2024年09月26日

【出版界の動き】読書離れを防ぐ多様な取り組みが進む

1カ月に本を1冊も読まない人が62.6%!
 文化庁が17日に発表した2023年度「国語に関する世論調査」の1項目、<読書に関する調査>(雑誌や漫画を除き電子書籍を含む)で、1カ月に本を1冊も読まない人が62.6%!―そんな結果が明らかとなった。
 同様の調査は2008年度から5年ごとだが、過去の調査で「ゼロ冊」が5割を超えたことはなく、前回の2018年度は47.3%だった。コロナ禍前の前回までは面接調査だったため、今回は郵送調査なので単純比較はできないが、憂慮すべき事態であるのは間違いない。
 本を読む人は、どのように本を選ぶかを尋ねると、書店に行って手に取りながら選ぶ人は57.9%(前回66.7%)と減っている。その一方、インターネット情報により選ぶ人は33.4%(前回27.9%)と増えている。
 読書量は69.1%が「減っている」(前回67.3%)と回答し、その理由はスマホやゲーム機など「情報機器で時間が取られる」と答えた人が43.6%(前回36.5%)で最多となった。これまでの調査では「仕事や勉強が忙しくて読む時間がない」回答が多数だったが、今回は38.9%(同49.4%)に減っている。

「朝の読書大賞」が発表される
 文字・活字文化振興法の理念にもとづき、読書推進に貢献し、顕著な業績をあげた学校を顕彰するため毎年表彰している。今年の受賞・学校は以下の通り。
 ●大江学園 福知山市立大江小学校・大江中学校(京都)、
 ●学校法人開成学園 大宮開成中学校(埼玉)
 ●愛知県立豊橋高等学校
「朝の読書運動」は、主に学校在学中から読書を大切にしようと、授業の始まる前の10分から15分ほど読書の時間を設け、読む習慣づくりに貢献してきた。1970年代から始まり、1988年の船橋学園女子高校(現:東葉高等学校)の実践を機に、日本全国に広まった。
 特に出版社・高文研(当時の代表・梅田正己)が、同校編『朝の読書が奇跡を生んだ』(同社1993年刊)などで協力し、1996年には「朝の読書」運動が第44回菊池寛賞を受賞した。

「無書店」自治体27.9%、1書店以下は47.7%
 出版文化産業振興財団(JPIC)の調査によると、今年8月末時点で15道県24市が「書店ゼロ」となり、北海道芦別市や千葉県白井市、熊本県合志市など市名を公表した。また全国の書店数は前回調査(24年3月時点)より145軒減って7828軒に減少した。
 その一方で、大型書店がターミナル駅周辺などに大規模な出店を図り、近郊の青年・児童・主婦層を視野に、新たな読者拡大に傾注している。その際、紙媒体の本もさることながら、電子出版物・教育玩具などに売り場面積を拡充し、新規販路の開拓を試みている。

丸善ジュンク堂書店、所沢市に97店舗目出店へ
 9月24日、「ジュンク堂書店エミテラス所沢店」が、埼玉・所沢市の商業施設「エミテラス所沢」(西武線「所沢駅」西口)の3階に新規出店した。97店舗目。売場面積304坪。240坪の本売場では、ファミリー層に向けて児童書や学参書を充実させて約20万冊を揃え、知育玩具を体験できるエリアも設ける。
 店内には所沢市在住の漫画家・安彦良和氏のコミック『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の複製原画を展示するなど、「所沢」という地域を意識した企画を随時展開する。

JR貨物の不正が招く出版流通への影響
 JR貨物が車輪と車軸のデータ改ざん不正の発表から2週間が経過する。その影響で輸送力は1割減のまま、物流への影響は続いている。国土交通省は全国の鉄道事業者に、車輪・車軸の緊急点検を指示し、影響は広がりかねない。本や雑誌の新刊を心待ちにする読者にも影響が出ている。
 札幌市北区の大型書店「コーチャンフォー新川通り店」は、本州からの貨物輸送が滞ったため、発売予定日に雑誌や書籍が並べられなかったという。「物流2024年問題」で長距離ドライバーが不足している現状に、JR貨物の車両点検不正が追い打ちをかけた形で、事態を深刻化させている。
 とりわけ出版流通にとっては、JR貨物の正確性・迅速性・軽料金などに依存している割合が極めて大きいので、両国駅に集約される JR貨物の、一刻も早い正常化が望まれている。

講談社の海外向けマンガサービス「K MANGA」を国内でも 
 2023年5月、海外向けに公開された英語版のマンガ配信サービス「K MANGA」を、国内の読者からの強い要望を受け、日本国内でも公開することになった。「K MANGA」は、同社のウェブマンガサービス「マガポケ」の海外版で、「ブルーロック」「MFゴースト」などの人気作約500タイトルが配信されている。オンライン英会話サービス「DMM英会話」とコラボしたキャンペーンも実施する。
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2024年09月23日

【お知らせ】2024年度JCJ賞受賞昨品と贈賞式の案内

JCJ賞贈賞式.jpg

【JCJ大賞】
◆しんぶん赤旗日曜版における「自民党派閥パーティー資金の<政治資金報告書不記載>報道と、引き続く政治資金および裏金問題に関する一連のキャンペーン」
【JCJ賞】(順不同)
◆上丸洋一『南京事件と新聞報道─記者たちは何を書き、何を書かなかったか』 朝日新聞出版
◆後藤秀典『東京電力の変節─最高裁・司法エリートとの癒着と原発被災者攻撃』 旬報社
◆NHKスペシャル「冤罪≠フ深層─警視庁公安部で何が」「続・冤罪≠フ深層─警視庁公安部・深まる闇」 NHK総合テレビ
◆SBCスペシャル「78年目の和解─サンダカン死の行進・遺族の軌跡」 SBC信越放送

■贈賞式
※開催日時:10月5日(土) 開場:12:30 式典:13:00〜
※会場:千代田区立日比谷図書文化館 日比谷コンベンションホール(〒100 0012東京都千代田区日比谷公園1–4)
※交通:地下鉄「霞が関」駅 B2出口から徒歩3分、日比谷公園内。
■贈賞式記念講演(オンライン講演)
上脇博之(神戸学院大学大学院教授)<政治とカネ─自民党裏金問題をどのようにして暴いたのか>
■JCJ賞受賞者のスピーチ

■参加申し込み
※現地会場への参加者は、会場費1000円。メール jcj_online@jcj.gr.jp で予約し、会場受付でお支払い下さい。
※オンライン参加の申し込みは https://jcjaward2024.peatix.com にて、参加費800円
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2024年09月19日

【出版トピックス】出版社の倒産・廃業が増加、「コロコロコミック」の好調

過去最大─6割が「業績悪化」
 帝国データバンクが「出版業界」の動向について調査・分析を行い、2024年1月から8月末までの状況を公表した。その特徴として、@人気雑誌も「休刊ラッシュ」の苦境 出版社の3割超が「赤字」 A過去20年で最大、出版不況で低迷脱せず 倒産・廃業も増加傾向続く─とまとめている。その詳細な報告を紹介する。
 全国で書店の減少に歯止めがかからないなか、雑誌や書籍の出版社でも厳しい経営環境が鮮明となっている。2023年度における出版社の業績は「赤字」が36.2%を占め、過去20年で最大となったほか、減益を含めた「業績悪化」の出版社は6割を超えた。出版不況の中で、多くの出版社が苦境に立たされている。
 2024年は有名雑誌の休刊・廃刊が相次いだ。月刊芸能誌『ポポロ』をはじめ、女性ファッション誌『JELLY』やアニメ声優誌『声優アニメディア』などが休刊を発表。日本の伝統文化や芸能関係の話題を世界に紹介する国内唯一の英文月刊誌『Eye-Ai』を発刊していたリバーフィールド社は、今年4月に破産となった。
 購読者の高齢化に加え、若者層では電子書籍の普及やネット専業メディアが台頭し、紙の雑誌・書籍の売り上げは1996年をピークに減少が続いている。

 また「再販制度」で出版物の約4割が売れ残りとして返品されるなど、出版社では在庫負担が重い。加えて物価高の影響で紙代やインク代など印刷コスト、さらには物流コストも上昇が著しく、ますます収益が悪化する悪循環に陥っている。
 2024年1−8月に発生した出版社の倒産(負債1000万円以上、法的整理)と廃業も、4年ぶりに前年から増加した2023年(65件)と同等のペースで発生し、2024年通年では過去5年間で最多となる可能性がある。
 そのため大手書店は返本を減らす取り組みを進めている。出版社関係では特色あるテーマの発掘や編集スタイルの工夫で、部数を伸ばす雑誌や書籍に成功しているケースもある。しかしヒット本や雑誌の発刊は容易でなく、出版コストの増加で経営体力が疲弊した中小出版社では雑誌の休廃刊、さらに倒産や廃業といった淘汰が進むとみられる。
https://www.tab.co.jp/report/watching/press/p240903.html

「月刊コロコロコミック」が大健闘する理由
 雑誌休刊が続き、漫画誌も苦戦が広がるなか、「月刊コロコロコミック」(小学館)が大健闘している。その理由は何か。漫画やアニメの情報を常にウォッチし続けるフリーライターの元城健さんが分析している。その秘密は「少年たちを虜にさせるブレない編集方針が奏功しているのではないか」と指摘している。詳細を以下に紹介する。
 世界的なファンの広がりを受け、日本の漫画やアニメなどのコンテンツ市場は好調である。その一方で、雑誌の発行部数は減少が続く。なかでも、最近になって往年のベテラン漫画家も衝撃を受けているのが、「週刊少年ジャンプ」(集英社)の発行部数の落ち込みである。
 日本雑誌協会が8月7日に公表した2024年4月〜6月の3ヶ月ごとの平均印刷部数によれば、「週刊少年ジャンプ」の発行部数は109万3333部となっている。これは最盛期の653万部の、約6分の1という数字だ。国内向けの雑誌はどこも苦境である。「週刊少年マガジン」(講談社)は32万3250部、「週刊少年サンデー」(小学館)は13万8750部でしかない。
 その一方で、小学生の男子を対象にした「月刊コロコロコミック」は32万3467部である。このご時世ではかなり堅調な数字といえ、しかもわずかながら「週刊少年マガジン」を上回っているのだ。これは、少子化が進んでいる昨今において、驚くべき数字と言っていいだろう。

 いったいなぜ、「コロコロコミック」が受けているのか。大手出版社の漫画編集者は同誌の「ブレない誌面作り」を評価し、こう語る。
「『コロコロコミック』は一貫して、小学生の男子向けの雑誌を丁寧に作っている。小学生の男子が求めるものをとことん盛り込んだ漫画が多いんですよ。具体的に言えば、下ネタを使ったギャグがその筆頭です。大人が眉を顰め、お母さんに怒られそうな下品なギャグ。これこそが、小学生男子が普遍的に求めるものなんですよ」
 この編集者は、ひと昔前であれば「コロコロコミック」を卒業して「週刊少年ジャンプ」を読んだであろう小学生男子が、今はそのまま「コロコロコミック」にとどまり、読み続けているケースも少なくないのではないかと分析する。その理由に、「週刊少年ジャンプ」に掲載される漫画の内容、特に絵柄を挙げている。
「ここ20年くらいで、『週刊少年ジャンプ』に載る漫画は明らかにきれいで、画力の高い漫画家の作品が多くなった。その一方で、下ネタを扱い、荒い絵柄の漫画が消えていきました。現在、『ジャンプ』は女性読者も多いと聞きます。絵がきれいになると女性には受けますし、メディアミックスもしやすく、外国人に人気の高い漫画は生まれるでしょう。しかし、肝心の“少年”たちの支持がどこまで広がっているのかが気になります」

 ギャグ漫画は海外で受けにくいといわれる。ましてや下品なギャグとなると、アニメ化などのメディアミックスも難しいだろう。しかし、そういった漫画やネタこそが、小学生男子が普遍的に求めているものなのではないか。そして、子どもたちの漫画の入口として重要な存在だったはずである。一貫してそういったニーズに応え続け、もはや孤高の存在になりつつある「コロコロコミック」が少子化のなかでも堅調な要因は、そこにあるのかもしれない。
https://realsound.jp/book/2024/09/post-1780259.html Real Sound リアルサウンド ブック2024年9月14日)
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2024年09月16日

【おすすめ本】原田和明『ベトナム戦争 枯葉剤の謎 日米同盟が残した環境汚染の真実』─ベトナム戦争で使われた日本製枯葉剤の‶罪と罰=£村梧郎(JCJ代表委員)

 枯葉剤問題はベトナムに限らない。日本にこそ隠された汚染がある。本書の主題は、そこに置かれている。見事なのは膨大な文献と新聞情報を掘り起こして実証している 点だ。
 動機は1968年の国会質問、社会党の楢崎弥之助による「枯葉剤が日本で作られ、ベトナム戦争に使われている」という指摘にあった。
 枯葉剤の2,4,5-T(ダイオキシン混入)を生産していた三井東圧大牟田は「輸出先はニュージーランドとオーストラリアで、ベトナムには出していない」と抗弁した。 調査すると労働者への人体実験の話さえも出る。

 ベトナムでの枯葉作戦は、ダウ・ケミカルやモンサントなど米・化学企業の増産で支えられていた。だが現地からは、もっと送れと要求される。米国は、調達を三井東圧ほか、独ベーリンガーなど海外企業に依存する。
 しかし発覚すれば「戦争加担だ」との世論が当事国で起きかねない。そこで迂回してベトナムに届く「ころがし」が行われた。ニュージーランドにあるダウ・ケミカルの子会社は、アフリカやメキシコ、フィリピンに転送、そこからベトナムの戦場へと届けられた。日本は、この「ころがし」に加わり、秘かに枯葉作戦に参加していたのだ。ナパーム弾輸出もベトナム特需の一つだった。いま政権が進める武器輸出の先がけである。

 問題はそれに留まらない。日本の国有林でも使われていた2,4,5-T 剤が林野庁の指示で現場にずさんな形で埋められたのである。それが50年余の歳月を経た今日、漏れ出して水源を汚染し始めている。無害化の手も打たれていない。本書は日本の政治の危うさを抉り出すものとなっている。(飛鳥出版2000円)
「ベトナム戦争  枯葉剤の謎」.JPG
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2024年09月12日

【私のオピニオン】「戦争の危機」を煽る政治とメディアの欺瞞を撃つ=梅田正己(書籍編集者)

「今日のウクライナは、明日の東アジアかもしれません」
 今年4月11日、岸田首相が米国議会で行なった演説の一節である。だから、防衛予算を倍増して大軍拡をするとともに、日米同盟の防衛力を一段と強化する必要があるのです、となる。
 しかし、本当に東アジアに戦争の危機が迫っているのだろうか?

◆東アジアの「脅威」の実態
 一昨年12月、岸田内閣が閣議決定した「安保3文書」では危機(脅威)の発生源を、ロシア、北朝鮮、中国と特定していた。
 ロシアは確かにウクライナを戦火の中にたたき込んだ。だがそれは独裁者プーチンの「大ロシア思想」によるものだ。いかに帝国主義者プーチンといえども、宗谷海峡をこえて北海道に侵攻することなどあり得ない。
 北朝鮮もミサイルと核開発に固執している。だがそれは、米国との交渉力を手に入れて、70年来の潜在的「交戦状態」を解消、経済制裁の解除とともに、日本とも国交を回復して60年前の日韓基本条約並みの植民地支配に対する補償と経済協力を得たいためだ。
 中国・習近平政権の香港問題や南シナ海問題にみるような、強引で一方的な自己主張には、たしかに目に余るものがある。しかし「中国は一つ」を振りかざしての台湾攻略のリアリティーとなると、問題は別だ。
 半導体にみるように台湾の経済発展はめざましい。それに台湾の世論は圧倒的に「現状維持」だ。その台湾を武力でねじ伏せるなんてできるわけがない。
 ウクライナに倍する軍事力をもつプーチンのロシアも、2年半を費やしながらいまだ東南部4州の制圧にも手を焼いている。
 まして中台の間は台湾海峡で隔てられている。ミサイルだけでは台湾は制圧できない。陸軍による上陸作戦が絶対に必要だ。今から79年前、面積が台湾の30分の1の沖縄本島への上陸作戦でも、米軍は1500隻の艦艇で周囲の海を埋め尽くし、55万人の兵力を必要とした。
 加えて、その上陸作戦を世界中がリアルタイムで注視することになる。台湾攻略の非現実性はこれだけでも明らかだ。

◆岸田発言の真偽の検証を
 にもかかわらず「台湾有事は日本有事である」とバカな政治家が言った。そして実際、岸田政権は軍事予算を増額して南西諸島にミサイル基地を新設し、日米両軍は「作戦司令部」を統合し、いまこの一文を書いている8月初旬、両軍合同による最大の訓練を実施中である。
 「今日のウクライナは明日の東アジア」の岸田発言を、マスメディアは伝えた。しかし伝えるだけで真偽については全く検証しなかった。ということは、岸田発言を容認し、結果として「東アジアの危機」なる現状認識を黙認したということだ。
 SNSの時代とはいえ、国民世論の動向にはマスメディアが決定的に影響する。私はいま、岸田発言の真偽について各新聞社の論説委員室が徹底論議し、その論議の過程と結論を読者に伝えてほしいと思う。
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2024年09月09日

【マスコミ評・出版】「終わらない戦争」に楔を打つ「現場の生の声」=荒屋敷 宏

 8月ジャーナリズムと嘲笑されても、戦争の惨禍を記録し、記憶し続ける本は書かれるべきだし、率先して読むべきであろう。
 『世界』9月号(岩波書店)の特集「癒えない傷、終わらない戦争」は、「社会の荒廃と人間の破壊」である「戦争がもたらす長期的な影響」を直視するよう呼びかけている。
 同誌の中村江里氏(上智大学准教授)「戦争のトラウマを可視化する」は、隠されてきた日本軍兵士の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の研究を紹介している。中村氏が指摘するように、「かつての戦争を正当化する『英雄の物語』や『被害者の物語』に安易に回収されないようにするためにも、被害国の側の語るトラウマと向き合い、対話を重ねていく」ことが重要だ。

 ジャーナリストの布施祐仁氏「自衛隊と戦場ストレス」(同誌)にも注目した。イスラエル軍の予備役兵のエリラン・ミズラヒ氏はパレスチナ・ガザ地区の任務に就くように緊急召集令状を受け取った直後、妻と4人の子どもを残して自殺したという。ミズラヒ氏は昨年10月も緊急召集され、遺体の収容作業に従事し、軍事作戦にも工兵として戦闘に加わったそうだ。彼はPTSDと診断されたのに、再召集されたのだ。
 布施氏は、10人を超えたというイスラエル軍兵士の自殺について、日本の自衛隊にとっても無縁ではないという。陸上自衛隊のイラク派遣の約2年間で22発のロケット弾や迫撃砲弾が宿営地を狙って撃ち込まれた体験や東日本大震災の災害派遣時の遺体回収など、自衛隊員が過酷な体験を強いられてきたことがわかる。躊躇なく人を殺す訓練などの結果、精神を病んでいくアメリカ軍兵士の体験を紹介しつつ、戦争が人間を破壊していく悲惨を強調している。

 一方で、戦争を食い止める叡智を集めるどころか、『Voice』9月号(PHP研究所)は特集「戦後79年目の宿題」で、憲法改正や安全保障、日米地位協定などを挙げ、いわゆる戦後政治の総決算を思い出させる、戦争への道を提唱している。
 それでいいのか? 土井敏邦氏『ガザからの報告 現地で何が起きているのか』(岩波ブックレット)は、虐殺されているガザの人々の「現場の生の声」が報道されていないことに警鐘を鳴らしている。土井氏の指摘に学び、戦争を食い止める叡智は、「現場の生の声」に隠されていると考えたい。ジャーナリストの仕事の重要性もそこにある。
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2024年09月05日

【Bookガイド】9月に刊行の“推し本”紹介=萩山 拓(ライター)

 ノンフィクション・ジャンルからチョイスした気になる本の紹介です(刊行順・販価は税別)。

[酒場の君」.jpg武塙麻衣子『酒場の君』書肆侃侃房 9/2刊 1500円
 『群像』2024年6月号より小説「西高東低マンション」を連載中の作家である著者が、「私には私だけの酒場白地図が頭の中にあり、好きなお店や何度も行きたいお店、行ってみたいお店などを、日々その地図に少しずつ書き込んでいく」─こうして仕上がった酒場放浪記から浮かび上がる、ホロ酔い観察のすばらしさが、何とも言えない爽快さを呼び起こす。

「来たよ!懐かしい1冊」.jpg池澤夏樹 編+寄藤文平(絵)『来たよ! なつかしい一冊』毎日新聞出版 9/2刊 1800円
 人気作家50人が夢中で読んだ「私だけの一冊」を、イラストと文章で紹介。本が醸し出す密かな楽しい世界へ誘われること間違いなし! 草野仁が選ぶ五味川純平、吉田豪が選ぶアントニオ猪木、山田ルイ53世が選ぶ西村賢太、南沢奈央が選ぶ宮本輝……まずは手に取ってみてください。寄藤文平のイラストも楽しい<とっておきのブックガイド>!

「平等についての小さな歴史」.jpgトマ・ピケティ『平等についての小さな歴史』(広野和美訳) みすず書房 9/17刊 2500円
 『21世紀の資本』が刊行され、日本でピケティブームが起こって10年。だが他の著作も含め、どれも1000頁を超える大作では手が出なかった。ところが本書は、ピケティ自らが格差や平等について分かりやすく凝縮させた、初心者おすすめの1冊となっている。さらに「格差に対処し克服する野心的な計画を提示」し、学ぶところが多い。

「幸徳秋水伝」.jpg栗原康『幸徳秋水伝: 無政府主義者宣言』 夜光社 9/18刊 2800円
 大杉栄の兄貴分にして元祖日本のアナーキスト・幸徳秋水。自由民権運動に触れた少年時代、中江兆民の書生時代、万朝報での記者生活、堺利彦らとの平民社時代、クロポトキンとの文通、足尾暴動、管野須賀子との恋愛、大逆事件など、波乱万丈の明治時代に生きた幸徳秋水を克明に追い、日本のアナーキズム黎明期とその青春群像を活写した力作。

「従属の代償」.jpg布施祐仁『従属の代償 日米軍事一体化の真実』講談社現代新書 9/19刊 980円
 いつの間にか日本が米国のミサイル基地になっていた! 米軍が日本全土に対中戦争を想定した、核搭載ミサイルを配備しようとしている! だが日本政府は、こうした米軍の動きを隠し、かつ巧妙な「ウソ」をつき、国民をだまくらかしている。その「ウソ」を、ノンフィクション作品でJCJ賞など多くの賞を受賞した、気鋭のジャーナリストが見破る! 多くの人たちに読んでほしい安全保障を論じた力作。

『アウシュヴィッツの父と息子に』.jpgジェレミー・ドロンフィールド『アウシュヴィッツの父と息子に』(越前敏弥訳) 河出書房新社 9/27刊 2900円
 著者は、デビュー作のミステリ『飛蝗の農場』がベストセラーになった。その後2015年からは歴史ノンフィクション作家としても活動し、数多くの著書を刊行している。本書は「アウシュヴィッツに収容された父を追い、家族がいるところに希望があるとして、父を守るため、息子自らがアウシュヴィッツ行きを志願した」─さてそこでの行動は、手に汗握る感動のノンフィクション!
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2024年09月02日

【沖縄リポート】ダンプ事故隠す警察、マスコミも?=浦島悦子

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 辺野古への埋立土砂の搬出港である安和桟橋で起きた、ダンプによる死傷事故(6月28日)からひと月半。重傷を負った市民女性が奇跡的な回復を見せつつあるのが救いだが、時を経るにつれ、この事故を巡る状況の異様さが露わになってきた。
 まずは警察の動きが見えないこと。死傷事故を起こしたダンプの運転手は逮捕されず、事故現場にいた人の誰も(怪我をした本人も含め)事情聴取を受けていない。現場検証についても、市民団体が辺野古弁護団の弁護士とともに現場検証したという報道の翌日、ようやく警察が動いた。しかし、いまだにこの事故についての警察発表はないままだ。
 一方で、SNSなどでは、抗議市民がダンプの前に飛び出し、それを制止しようとした警備員が犠牲になったという当初の警察発表や、抗議市民を「人殺し」呼ばわりする言説が流布され、沖縄県議会では、先の県議選で多数となった野党・自公勢力が、事故はデニー知事のせいだと吊し上げた。

 このようなフェイクニュースに対し事故の真相を伝えようと、オール沖縄会議は7月18日に記者会見を行い、現場検証と目撃者・関係者への聞き取りをもとに作成した現場の図面を添えて見解を発表した。しかし県内メディアもその内容をほとんど報道していない。
 真相は国にとって不利なので、警察もマスコミも含めて隠蔽しようとしているのではないかと勘繰りたくなる。
 私は、この事故及びそれを巡る状況は、当初から違法・脱法を繰り返し、いわば「治外法権」下で行われてきた、辺野古新基地建設事業を象徴する事件だと感じている。つまり、ここでは(国家権力の庇護のもとで)何をやっても許されるということだ。
 市民らは断続的に安和桟橋前で集会を開き、土砂搬出も含め工事の中止を求めている(写真)。集会では、国が「安全対策」を名目に、機動隊を大動員して市民を現場から排除し、正当な抗議や意思表示を封じ込めようとする可能性についての危惧も、参加者から表明された。
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2024年08月29日

【おすすめ本】有田芳生『誰も書かなかった統一教会』―<宗産複合体>の反社会性 教義や活動の全体像を完膚なく暴く=藤森研(JCJ代表委員)

 旧「統一教会」の全体像と本質を、長くウォッチしてきた筆者が新書にまとめた。
 教義に始まり、国際勝共連合などの政治活動、霊感商法などの経済活動、北朝鮮人脈とカネ、さらには「非公然軍事部隊」の影まで、「宗産複合体」の全容を本書は手際よく描いた。
 教祖・文鮮明の最終目標は「政治権力と相互補完関係を保ち(略)影響力を強め(略)『世界の王』となること」だったと筆者は言う。文は12年に死去、妻の韓鶴子がその座を継いでいる。
 興味深いのは、日本の政界への接近の分析だ。岸信介元首相との反共の連携はよく知られるが、本格的な政治への侵食は、中曽根政権の衆参同日選(1986年7月)の応援に運動員、カネをつぎ込んでからだという。
 この結果、統一教会系の「勝共推進議員」が約130人に達した。ほとんどは自民党議員だ。同年8月には全国から女性信者を集め、「秘書養成講座」を開く。修了者は、国会議員の公設、私設秘書になって行った。
 
 統一教会は日本だけでなく世界各国にも進出したが、警戒を持って見られた。
 米下院のフレイザー小委員会は1977〜78年、教団の実態を調査・分析している。報告書の内容は本書に詳しい。文はその後、米国で脱税に問われて服役。フランスの統一教会の事務所トップも脱税で起訴されたという。ひるがえって日本の対応はなぜか実に甘い。
 今後、22年7月の安倍晋三元首相銃撃事件について山上徹也被告の裁判が始まる。宗教法人法の解散命令も予想されるが、彼らは任意団体として活動を続けるだろう。監視を続けて行かねばならない。(集英社新書960円)
      
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2024年08月26日

【リレー時評】「つばさの党」と<言論の自由>=山口昭男(JCJ代表委員)

 4月の衆院東京15区補欠選挙で、「つばさの党」が他陣営の選挙カーを追いかけるなどしたとして、6月28日に代表ら3人が公職選挙法違反容疑で再々逮捕された。選挙期間中、黒川代表はテレビのインタビューで<言論の自由>と語っていたが、こうした場面でこの言葉が聞かれるとは思ってもみなかった。
 いうまでもなく<言論の自由>は「知る権利」とともに、民主主義社会の根幹をなす権利であり、日本国憲法第21条で保障されている。さかのぼって1889年発布の明治憲法でも第29条において保障されていたが、現実にはすべての出版物は出版条例によって検閲されていた。
 明治以降の言論活動はまさに<言論・表現の自由>を獲得するための戦いの歴史だったといっても過言ではない。とりわけ日中戦争、太平洋戦争中の言論圧殺は著しく、1933年の桐生悠々による論説「関東防空大演習を嗤う」事件、1935年の美濃部達吉による「天皇機関説」事件など事例には事欠かない。

 評論家の加藤周一は、1936年2・26事件の直後に、矢内原忠雄教授の講義を聴いて、「そのとき私たちは今ここで日本の最後の自由主義者の遺言を聞いているのだということを、はっきりと感じた」(『羊の歌』岩波新書)と語っている。
 「言論の死」という言葉は、私の編集者生活のなかで何回となく聞かされた言葉である。作家の城山三郎は「言論・表現の自由は、自由社会の根本で、いわば地下茎のようなもの。この地下茎をダメにすれば芽は出ず、枯れてしまいます」(『表現の自由と出版規制』出版メディアパル)と語っている。
 戦後の現憲法下でも、<言論の自由>を巡る闘いは数多くみられる。たとえば1961年の「風流夢譚事件」とそれに続く「嶋中事件」、また1987年の「朝日新聞阪神支局襲撃事件」は衝撃的だった。<言論の自由>は、いまだ獲得途上の権利と言ってよい。
 その中で想定外ともいえる「つばさの党」問題が起きると、私たちは改めてSNS全盛時代の<言論・表現の自由>問題を、深く考えざるを得なくなる。名誉棄損を口実に<言論の自由>を束縛する可能性も大きく、SNS書き込みの炎上による、また弾圧が続くことによる、言論の萎縮、自己規制、これらが同時進行で起こりかねない。

 50年前私が新米編集者だったころ教えられたのは「どうなるかではなく、どうするかを考えろ」だった。そのためにはいかに多くの情報を得るかが必須だった。いまの人々は、端末に溢れる情報に翻弄されていて、まるで過剰情報社会を当てもなくさまよっているようだ。
 世の中のAI化が進むにつれ、SNSを巡る新たな犯罪、悪用、情報遺漏などがますます増大するであろう。ここをどう突破するかは極めて難しい問題だが、いまこそ「情報リテラシー」教育が必要なことは間違いない。
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2024年08月22日

【トピックス】恐ろし! 自由社・育鵬社・令和書籍の歴史教科書とは?

「危ない歴史教科書」がまかり通る
 今年は4年に一度の、中学校教科書の検定・採択の年。いま日本の歴史教科書がどうなっているのか、恐るべき事態が進行しているのをご存じだろうか。特に歴史や公民の科目に、とんでもない教科書が登場し、文部科学省の検定まで通ってしまっているのだ。
 どの教科書にどんな記述があるのか、その何が問題なのか、自由社、育鵬社、令和書籍の「危ない歴史教科書」を取り上げ、その内容について、中学校社会科教員の平井美津子さんが解説している。 
 その主な内容は、@「検定意見の数が減った」理由 A危険な自由社、育鵬社、令和書籍の歴史教科書とは? B近隣諸国への偏見を助長する教科書 C明治天皇を礼賛する記述 D戦争を美化し民衆の苦しみは触れず E「慰安婦」の存在を否定する─などの問題点を、3つの歴史教科書の具体的事例から指摘し、その記述のいい加減さや偏向を鋭く批判している。
 詳細は「マガジン9」のWEBページ https://maga9.jp/240807-1/ をクリックして、お読みください。

「めちゃコミック」をブラックストーンが買収
 総合化学メーカーの帝人は、国内最大級の電子コミック配信サービス「めちゃコミック」を運営する子会社インフォコムを、米国の投資会社ブラックストーンに、この10月、約2750億円で売却する。インフォコムの買収を巡っては、入札段階でソニーグループや米投資会社のKKRが関心を示していたが、このほど決着した。
 帝人の社内IT部門を母体にして生まれた子会社インフォコムは、帝人の業績に貢献してきたが、繊維など本体の主力事業との相乗効果は乏しい。そのため帝人は停滞する業績を立て直すべく事業再編を急いでおり、売却で得る資金を他の成長分野や株主還元に振り向ける考えだ。
 2006年に始まった「めちゃコミック」はスマートフォンなどで漫画を楽しめ、月間利用者数は2800万人。特に女性向け作品に強みを持ち、読者層は30〜40代の女性が中心という。今後の運営が注目される。

新聞協会が「事業者の責務強調を」要望! 総務省のネット上の偽情報対策案に
 総務省の有識者会議がまとめた「インターネット上に広がる偽情報への対策案」に対し、この20日、日本新聞協会は「プラットフォーム事業者の責務をより強く打ち出すべきだ」とする意見書を提出した。
 健全な言論や情報流通に対する懸念が高まっているのは、偽情報に対しての「事業者の自主的な対応が不十分なためだ」と強調し、真摯な対応を求めた。
 総務省は20日まで対策案への意見を募集していた。総務省がまとめた対策案には、新聞などに期待される役割としてファクトチェックの推進を挙げたが、新聞協会はこの点に関し「ファクトチェックの定義について合意形成がなされたとは言えない」と指摘し、あいまいなまま「ファクトチェックの推進に責務を負うような表現に違和感を覚える」とも強調している。
 報道機関の役割は正確で公正な情報の発信であるから、これまでも「不確かな情報が社会に重大な影響を与えかねない際は、積極的に真偽検証に取り組んでいる」と、改めて説明した。
 今後の議論については「報道機関への法的規制につながるようなことがあれば、国民の知る権利が毀損されかねない」と主張し、慎重な検討を要請した。今後、各界からの意見をくみ上げ、有識者会議が正式な提言を決める。

今年6月度、大手新聞の発行部数が軒並み減
 2024年6月度の新聞発行部数が明らかになった。中央紙各紙のABC部数は、次のとおりである(カッコ内は対前年同月比)。
 読売新聞:585万6,320(減48万369)
 朝日新聞:339万1,003(減29万5,413)
 毎日新聞:149万9,571(減18万5,983)
 日経新聞:137万5,414(減19万2,767)
 産経新聞: 84万9,791(減10万9,818)
 朝日新聞は約340万部に減少し、1年以内に300万部の大台を割り込む可能性が出てきた。読売新聞は約586万部で、年間で約48万部を減らした。
 なお新聞販売店が実際に購読者に配達している部数は、ABC部数よりもはるかに少ない。
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2024年08月19日

【緑陰図書】藤原マキ『私の絵日記』が呼び起こした、水木しげるさんへの想い=萩山拓(ライター)

夫と息子の3人家族を描く名作
 <藤原マキ『私の絵日記』が、今年、米国の権威ある漫画賞「アイズナー賞」を受賞!>
 との情報に接し、あの作品がなんで今頃? と首を傾げた。さっそく書棚の奥にある、つげ義春さんの本の並びから、藤原さんの「ちくま文庫」を引っ張り出した。
 藤原マキさんは、漫画家・つげ義春さんの妻で、1999年に58歳で亡くなっている。『私の絵日記』は、マキさん41歳の1982年に北冬書房から、書籍として刊行されている。その後、学研M文庫を経て、2014年2月に「ちくま文庫」に収載された。
「私の絵日記」.jpg まず巻頭のカラー口絵8ページに惹きつけられる。本文に入ると見開き右ページに200字から数百字の文章、そして左ページにスミ1色で描いた素朴なタッチの線画が1枚、ホノボノとした雰囲気を醸し出す。
 息子との愉快な会話や散歩、夫婦ゲンカのこと、みずからの病や夫の精神的不調のこと...日々の想いを綴っている。さらに自分が子どもの頃に体験した情景を描いた絵もいい。巻末には、つげ義春「妻、藤原マキのこと」が収録されている。
 再読した今でも、<3人家族の風景>が鮮明に浮かび上がり、私たちの心に響く名作であるのを実感した。それが米国で評価されたのだろう。改めて第一の納得。

藤原マキさん『腰巻お仙』で活躍
 著者の藤原マキさん、どんな人物だったのか。本書のソデにある略歴に目を通す。1941年、大阪に生まれ、1945年島根県加茂町へ疎開の後、高校時代に帰郷。高校卒業後、関西芸術座で2年間演劇を学び、上京している。
『つげ義春日記』.jpg 東京では劇団「ぶどうの会」「変身」「状況劇場」などで活躍。なかでも代表的出演作には、唐十郎が主宰の紅テント「状況劇場」で上演された『腰巻お仙』の初代お仙役、『由井正雪』の夜桜姐さん役がある。「状況劇場」を退団してから、漫画家・つげ義春さんと結婚、一児をもうけている。
 『私の絵日記』で、彼女が描いた1975年頃から80年代前半の生活は、つげ義春『つげ義春日記』(講談社文芸文庫)にも、合わせ鏡のように生き生きと描かれている。これも読んでほしい。もっともっとマキさんの人柄が、身近に感じられるようになる。これで2度目の納得。

「アイズナー賞」とは
 残るは「アイズナー賞」とは、どういう賞なのか。検索してみると、米国の漫画家であるウィル・アイズナーの活動に因み、1988年に賞が創設されている。36年の歴史を持つ現在、対象となる部門数は39部門にも及び、各部門は出版社および作家が選んだ作品の中から5名の委員によって作品がノミネートされ、最終的に業界人(出版社、作家、代理店、書店)による投票で決定される。
 その1部門である最優秀アジア作品には、毎年、日本の漫画家が選ばれているが、その中で2012年に水木しげる『総員玉砕せよ!』、2015年に水木しげる『コミック昭和史』が、2度も選ばれていることを知って、ビックリ! なぜビックリしたかは後で触れるが、現在はともに講談社文庫に収載されている。「アイズナー賞」の歴史に納得。

「つげ義春」は健在なり
 さて藤原マキさんの夫・つげ義春さんは、どうしているだろうか。現在86歳、老いの身にあれども、しっかり生活しているという。新作はないが、これまでの彼の作品には、どれも愛着がある。時に書棚から引っ張り出して目を通す。異常な猛暑をしのぐには、格好の<緑陰図書>である。
 いま私が手にしているのは、『つげ義春が語る 旅と隠遁』『つげ義春が語る マンガと貧乏』の2冊だ。ともに筑摩書房から、今年の4月と6月に刊行された。つげ義春へ過去にインタビューした際の喋りや対談をまとめた本だ。
 読んでいて、つげ義春さんと調布のつながり、そして水木しげるさんとのつながり、想いがどんどん膨らむ。

水木しげる『総員玉砕せよ!』への想い
 私が現役のころ、水木しげるさんの『総員玉砕せよ!』や『コミック昭和史』(全8巻)を講談社文庫に収めるため、調布の「水木プロ」があるお宅に通った月日を思い出す。
 そのとき手掛けた水木さんの講談社文庫2作品が、20年近く経て、これまた「アイズナー賞」を受賞しているとは、恥ずかしながら初めて知ってビックリしている。
 さて30年ほど前になろうか、1990年代も半ば頃だった。水木さん宅での思い出に戻れば、絵の扱いや装幀などの打ち合わせが一段落し、水木さんと雑談していると、内容が不可思議な体験や夢についての語りが飛び出してきて、なにか煙に巻かれるような感じのまま、時間がたつのを忘れるほどだった。
 そして私は水木さんを促し食事に誘うと、「調布には女性も店も、そんなに良いところはないよ、でも落ち着くんだな」と、笑いながら言う。近くのすき焼き店に行けば、旺盛に肉のお替りを頼む健啖ぶりには、目を見張ったものだ。
 いま私は猛暑の天を仰ぎ見ながら、「水木さん、天国から、あまり雷を落とさないでくださいね。づげ義春さんも驚くだろうから」と、呟いている。
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2024年08月15日

【焦点】CCS(炭素回収貯留)事業:脱炭素「切り札」はウソ、未完成な技術と高コストで50年目標値の達成は困難=橋詰雅博

 「二酸化炭素回収貯留(CCS)事業法案」が先の通常国会で成立した。火力発電所や石油精製所、セメント工場などから排出される二酸化炭素(CO2)を回収し海底や地中に貯留するCCS技術は、脱炭素の切り札と言われている。法制化によって試掘・貯留の事業化を目指す企業の参入を促進させる。官民合わせて今後10年間で4兆円を投じるというCCS事業、マスコミは「有望」と持ち上げるが、本当にそうなのか―。

CCS実証実験を苫小牧で実施
 CO2が80%近く占める温暖化ガスを2050年に実質ゼロにする方針を打ち出す政府は、「CCSなくして、カーボンニュートラル(脱炭素)なし」とCCS事業を位置づける。北海道苫小牧市では、国、自治体、企業が一体で2019年11月までの3年8カ月間、国内最大規模のCCS実証実験が行われた。仕組みはこうだ。
 隣の石油精製所が出すガスから分離・回収し液化させたCO2に高い圧力をかける。パイプラインで輸送したそのCO2は専用井戸(圧入井)を通じて海底1000b以深に送り込まれる。これまで注入されたCO2は約30万d。現在、貯留層からCO2の洩れがないかなど、モニタリング調査が続けられている。
                   
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 所管の経済産業省は、苫小牧を始め国内5プロジェクトに加え、液化CO2を専用船でマレーシアやオーストラリアなどへ運んで貯留する海外2プロジェクトを合わせて7プロジェクトを、「先進的CCS事業」計画として選定した。
 ただし、苫小牧以外のプロジェクトは、あくまで調査の段階。また苫小牧のモニタリング調査の期間は定まっていない。そのため7プロジェクトの事業化の時期は不明だ。

高額費用の縮小について具体策は示さず
  こうした状況下で2030年までに事業をスタートさせて、2050年時点で年間1.2億dから2.4d貯留(今の排出量の1〜2割)という政府の目標は達成できるのか。
 国際環境NGO「FoE Japan」の気候変動・エネルギー担当の深草亜悠美氏は、「目標達成は困難」と前置きしたうえで、3つ大きな理由を挙げた。
 @「技術がまだ完成していません。ノルウェーのスノヴィット事業では、地層の事前調査で18年分の貯留が可能としていたが、実際は6カ月程度で再調査や新しい圧入井を掘った。CCS技術が進んでいるノルウェーですらこの程度です。オーストラリアのゴーゴンでも企業が莫大な資金を投入しながら予定の半分の貯留に留まった。苫小牧では、CO2を圧入した2本の圧入井のうち1本は十分に圧入できなかった」
 A「貯留までの費用が高い。一連の工程を経た1dのCO2を地中や海底に貯留するまでには1万2800から2万200円もかかる。50年までに6割程度に下げると政府は説明するが、具体策は提示していません。たとえ6割に下がっても高額なのは変わらない。世界の大規模CCS事業(年間3万d以上のCO2を回収)の78%は高コストが原因で、中止か延期に追い込まれたという研究報告もあります」
 B「事故の可能性がある。実際、2020年にアメリカ・ミシシッピー州でCO2輸送パイプラインが損傷し、300人が退避、二酸化炭素中毒で45人が病院に搬送された。今年4月にもルイジアナ州でパイプライン事故が発生している」

政府は化石燃料の利用の継続を狙う
 ほかにもCO2回収率は60から70%に留まるうえに、地中にCO2を注入することで地震の誘発が懸念されている。
 いろいろな問題点がありながらCCS事業を進めることについて深草氏は「石炭、石油、天然ガスの化石燃料の利用を続けていくのが政府の狙い」と指摘。与党自民党をバックアップする企業が経営する火力発電所、石油精製所、セメント工場などを政府は簡単に潰すことはできない。かといって世界に約束した50年温暖化ガスゼロは反故にできない。苦肉の策がCCS事業ではないか。

多額の補助金、その負担は国民へ
 深草氏は「このまままではCCS技術の開発という名目で多額の補助金が投じられる。これは国民の税金。国民に負担を強いることになる」と見通しを語った。
 政府が今取り組むべきことは何か。「再生可能エネルギー由来の発電と省エネ政策を拡充すれば、CO2排出の大幅削減や光熱費、化石燃料輸入費の削減が可能です」と深草氏は訴えた。
 CCS事業は信頼できる脱炭素のツールではないようだ。
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2024年08月12日

【トピックス】サイバー攻撃を受けたKADOKAWAの復旧と被害状況

本の出荷は8月中旬から
 KADOKAWAグループは、「サイバー攻撃による被害の復旧作業が順調に進み、KADOKAWAオフィシャルサイトを閲覧できるようになりました」と、この9日に報告した。また「ご利用いただいております皆様には多大なご迷惑、ご心配をお掛けしたことを深くお詫び申し上げます」と謝罪している。
 ただし全て復旧したわけではなく、今後は新刊書籍の書影画像や、映画・アニメの最新情報、書籍の売り上げランキング情報などについて、順次復旧していくという。なお本の出荷については、8月中旬には平常通りに戻るという見通しを明らかにしている。
 これまでKADOKAWAの出版事業は、出版製造・物流システムを停止せざるを得なくなっていた。それは6月上旬、ドワンゴのファイルサーバに仕掛けられたサイバー攻撃により、その被害が全社的な範囲に及ぶのを防ぐため、関連サーバをシャットダウンしたことによる。

25万4241人の個人情報が漏洩
 あわせてKADOKAWAグループに仕掛けられた6月上旬のサイバー攻撃による被害について、このほど漏えいした情報の詳細に関し、社外のセキュリティ企業よる調査結果を発表した。
 攻撃の標的は、ニコニコを中心としたサービス群。「フィッシングなどの攻撃により、従業員のアカウント情報が窃取され、社内ネットワークに侵入されたことで、ランサムウエアの実行と個人情報の漏えいにつながった」とみている。従業員のアカウント情報が窃取された経路や手法は「現時点では不明」としている。
 流失した個人情報は氏名、生年月日、住所、電話番号、メールアドレス、口座情報などが含まれている。ただし顧客のクレジットカード情報は社内で保有していないため、情報漏洩は起こらない仕組みになっているという。
 対象者のうち社外関係は、ドワンゴおよび関連会社と取引きする一部のクリエイターや個人事業主、N中等部、N・S高等学校の在校生、卒業生、保護者、出願者、資料請求者の一部などになる。社内では、ドワンゴの全従業員と一部の関連会社、角川ドワンゴ学園の一部従業員などである。
 社外・社内を含めて、個人情報が漏洩した対象者は25万4241人と発表した。

悪質な情報拡散1000件に法的措置を取る
 KADOKAWAグループは、今回のサイバー攻撃により、攻撃グループが得た情報を基にした内容を、SNSなどを通して第三者に拡散する事例が相次ぎ、これらの悪質な拡散例を1000件近く特定した。証拠保全の上、削除済みの書き込みも含めて刑事告訴・刑事告発などの法的措置に向けて作業を進めているという。
 悪質な例の内訳は、ドワンゴに関するものが896件(Xが160件、5ちゃんねるが522件、まとめサイトが29件、Discordやその他が185件)、角川ドワンゴ学園に関するものが67件(Xが11件、5ちゃんねるが45件、まとめサイトが1件、その他が10件)と報告している。今後の法的措置への取り組みとその行方が注目される。
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2024年08月08日

【余生私語録】第14回─<8・15>に臨み私の備忘ノートから拾う随想3つ=守屋龍一

母の<8・15>と私の胃カメラ写真
 私の母は2014年に白寿で亡くなったが、母が迎えた1945年8月15日の話から始めよう。
<その日はカンカン照り。夫は長野須坂の部隊にいて不在。留守を預かる浦和市常盤町の借家で聞いた玉音放送は、ガーガーという雑音入りで、よく聞きとれなかった。
 それよりも「死ななくてすむ」という安堵感で、5歳を頭に3人の子をひしと抱きしめた。町会長が日本の敗戦を住民に改めて告げて回った。その夜は残りわずかの配給の芋を蒸かし、玉蜀黍(トウモロコシ)の屑粉を湯で溶いてみんなで食べた>
 とつとつと思いを込めて語ったのは、2005年の8・15の朝だった。朝食を取りながら、私の質問に答えるように90歳の母が語る顔の表情は、今でも忘れられない。私は母の話を咀嚼しつつ、その日の昼前に予約していた胃カメラ検査で、近くの掛かり付け医へ出かけた。医者から渡された胃の写真には、2005.8.15の日付が印字されていた。(備忘ノート:2005/8/15より)

「丸山眞男」の横っ面をひっぱたく世
 2014年に生誕100年を迎えた丸山眞男は、くしくも敗戦の8月15日、82歳で生涯を閉じた。戦後日本が生んだ最大の知識人といわれるが、その軌跡はどうであったのか。
 学生時代に読んだ「超国家主義の論理と心理」には圧倒され、<軍国支配者の精神形態と無責任の体系>というキーワードは、目から鱗だった。その後、全共闘世代によって、戦後民主主義の欺瞞の象徴として糾弾され、時には「観念論的・傍観者的歴史観」との批判も高まった。
 福沢諭吉を「典型的な市民的自由主義」の思想家とする評価も、彼が勝手な読み込みによって造りあげた虚像だとする研究もある。
 さらにフリーターの赤木智弘は、陸軍2等兵として徴兵された丸山が、中学にも進んでいない1等兵から執拗なイジメのビンタを受けた体験に関連し、今の若者は、社会に出ればすぐ序列が決められ、一方的にイジメぬかれる。
 「戦争は、現状をひっくり返して『丸山眞男』の横っ面をひっぱたける立場にたてるかもしれない、まさに希望の光」とすらいう。
 丸山は除隊後、広島で被爆。戦後、一貫して平和と民主主義を根源的に問いつづけた彼が、ひっぱたかれる世になった。どう考えたらよいのか。(備忘ノート:2014/8/17より)

戦後77年<8・15>を顧みるに大事な出来事
戦争の77年・平和の77年─2022年の現在から顧みるに、日本は明治維新(1868年)から敗戦(1945年)までの77年が「戦争の時代」だ。無謀なアジア・太平洋戦争に突入し、敗れたのち平和憲法のもとに歩んできた戦後77年は「平和の時代」である。
 しかし、いまその歩みに急ブレーキが掛けられている。専守防衛から敵基地攻撃にカジを切り、米国の核兵器を国内に配備し、日米で共同運用する「核共有」に向け、憲法9条をズタズタにする動きが強まっている。
 第2次岸田内閣が発足しても、統一教会との関係では閣僚20人のうち7人、副大臣・政務官54人中19人が接点を持っていた。また安倍政権の大軍拡・改憲シフトは継承し、コロナ感染拡大・物価高騰・賃金格差・ジェンダー問題などなど、山積する課題への取り組みは「検討する」のみ。まさに「検討使」内閣だ。
ベーブ・ルースと大谷翔平─8月16日は「ベーブ・ルース忌」だ。あの野球の神様≠ニいわれた米国の大リーガー、ベーブ・ルースが、今から74年前の1948年に53歳で亡くなった日。
 くしくもこの8月10日に、エンゼルスの大谷翔平投手が、「2ケタ勝利&2ケタ本塁打」を達成した。元祖二刀流のベーブ・ルースが1918年に達成して以来、104年ぶりである。その快挙への賞賛は世界に拡がる。
 40歳になったベーブ・ルースは、戦前・1934年11月2日に来日している。米国大リーグ選抜チームの一員として、大凶作に見舞われた国内を巡回し全18試合を行った。日本チームは歯が立たず大敗した。
デッチあげられた松川事件─さて、もう一つ、今から73年前、1949年8月17日、松川事件が勃発した。当初から松川事件は、下山事件(7/6)、三鷹事件(7/15)と合わせ、国鉄労組への日米権力が共同した弾圧であり事件捏造の疑いが言われていた。
 1963年9月12日、最高裁は被告たちに無罪を言い渡した。裁判の流れを決定的に変え、無罪を勝ち取る経過には、新証拠の発見とともに、作家広津和郎らによる被告の救済支援活動をはじめ、学者・文化人、市民をも巻き込んだ国民運動の発展があった。日本ジャーナリスト会議も参加している。
 こうして振り返ってみると、「8・15」前後には、エポックメイキングな出来事が起きていたのだ。歴史を見つめ今を考える良い機会にしたい。(備忘ノート:2022/8/14より)
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2024年08月05日

【焦点】南鳥島に陸自がミサイル射撃場を整備 核のゴミ最終処分地説が幻に=橋詰雅博

 防衛省は、東京から1900キロも離れた日本最南端の小さな島、南鳥島(小笠原村の一部)に、陸上自衛隊が保有する「12式地対空ミサイル」の射撃場を整備する。
 このミサイルは地上から海上の艦艇に攻撃するもので、射程100キロを超える射撃場の整備は国内で初めて。すでに小笠原村へは計画を説明済みで、2026年以降、年に数回の訓練を実施する見込み。

 実はこの南鳥島は、核のゴミを地層処分する最適な候補地に挙げられたことがある。3年前、文化庁芸術祭優秀賞を受賞したドキュメンタリー番組「ネアンデルタール人は核の夢をみるか─核のごみ≠ニ科学と民主主義」を制作した北海道放送報道部デスクの山ア裕侍氏は、2022年1月号のJCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」の寄稿で、こんな秘話を明かしている。
 あるイベント会場で顔を合わせたルポライターの鎌田慧さんが、「核のゴミの文献調査が進んでいるけど、南鳥島が適地だという説があるのを知っているかい?」と山アさんに尋ねた。山アさんが初めて知ったと答えると、数日後、鎌田さんがファックスで送ってくれたのは、南鳥島が適地と紹介した静岡県立大学の尾池和夫学長のエッセイだった。
 番組では南鳥島案を最初に提案した平朝彦・前海洋研究開発機構理事長を取材し、経済産業省と原子力発電環境整備機構(NUMO)が、その提案を蹴ったことを明らかにした。

 もう一つは筆者が、2023年6月号JCJ月刊機関紙「ジャーナリスト」に掲載した記事だ。
 東京の都道府県会館で5月末に開かれた関東地方知事会議で、静岡県の川勝平太知事が核のゴミの最終処分場として南鳥島を候補地に検討すべきだと、小池百合子都知事に提案した。
 静岡県には浜岡原発(5基のうち1、2号基は廃炉。3、4、5号基は長期停止中)がある。核のゴミに関心を持つのは当然だけれども、唐突感は否めない。川勝知事がこんな提案をした理由は、同県清水市に施設を構える東海大学海洋研究所の平朝彦所長(地質学者)と、同県発行の雑誌での対談が引き金になっている(今年1月の総合情報誌「ふじのくに」に掲載)。

 対談で平所長はこう述べている。
 「南鳥島は太平洋プレート(太平洋の海底の大部分を占める岩盤)上にある唯一の日本領土で、周囲6キロの国有地。最大の特徴は地質的な安定性です。地震、火山活動はまず起きない。これは確信を持って断言できます。なおかつ住民がおらず漁業権など、いろいろな権利が設定されていない。地下へ数キロほどボーリングして、使用済み核燃料を処分するキャニスター(核のゴミの廃液をガラス原料で溶かし合わせたものが入ったステンレス容器)を入れて、セメントで封印することもできます。地球上で最高レベルの安定性があるので、壊れる不安はまずありません」「最適な核廃棄物処理方法だと信じて疑いません」
 川勝知事は「国難を救える島」「モデルケースを日本が提供できれば、世界に誇れる提言にもなりますと」と平所長の研究を称えた。
 この川勝提案に対し小池都知事は「国がしっかりと対応すると考えている」と、そっけない答えだった。

 核のゴミの地層処分計画を進める政府は、北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村で、文献調査を進めている。
 地震大国・日本には、10万年以上も核のゴミを封じ込める適地はないと言われている。こうした状況下で、南鳥島にスポットライトが当たった。さっそく平所長に取材を申し込んだが、残念ながら「南鳥島での地層処分をさらに研究したい」と断られた。
 いま進む陸自の地対空ミサイル射撃場の整備は、結果として南鳥島の核のゴミ最終処分地説を幻に終わらせることになる。
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2024年08月01日

【おすすめ本】東海林 智『ルポ 低賃金』─労働の現場を歩き、生活に苦しむ実態を炙りだす=北 健一(ジャーナリスト)

 特殊詐欺事件で「受け子」(被害者宅に出向いてキャッシュカードや現金を受け取る役)をしていた21歳の女性が逮捕された。
 新聞社のデスクだった著者は、違和感を抱く。 派遣労働者だった若い女性がなぜ? ここから始まる取材が、低賃金の現場を徹底して踏査した本書の第1章「特殊詐欺の冬の花」に結実した。
 取材はシェアハウス、アマゾン配達、非正規公務員、農家にも及ぶ。

 「一つ歯車が狂うと、全てが回らなくなる」「普通に働いて普通に暮らすことがなんでこんなに大変なのか」
 普通の暮らしをつかめずに苦しむ当事者たちの言葉が、雇用社会の課題を炙り出す。
 マスコミやSNSには「為政者目線」「経営者目線」からの評論があふれているが、著者はその対極に立つ。いつも現場を歩き、時に泣きながら耳を澄ませるからこそ、ここまで深く細やかな話が聴けるのだろう。
 深刻な事実を描きながら読後、温かな気持ちになれるのは、当事者と著者が共感で結ばれているゆえだろうか。非正規春闘をはじめ、根源にある低賃金を打破するために動く人々も活写し、行間から光が差すようだ。

 著者は、日経連が1995年、雇用ポートフォリオを打ち出した「新時代の『日本的経営』」を「賃金が上がらない国」になった元凶と見定め、反撃の狼煙をあげるという(『週刊東洋経済』著者インタビュー)。
 著者は「最後の労働記者」と呼ばれる。尊称とわかりつつ、「最後にしてはいけない」と思う。弱き者に寄り添い、働くものが声をあげることを励まし、希望に続く道を探す仕事は、まだまだ必要なのだから。(地平社1800円)
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2024年07月29日

【トピックス】2024年上半期:紙の出版物売り上げ前年同期比5.0%減!電子出版は6.1%増!

3期連続の売り上げ減
 出版科学研究所の発表によれば、2024年上半期(1〜6月期)の出版市場(紙+電子)は、前年同期比1.5%減の7902億円となった。紙の出版物(書籍・雑誌)の推定販売金額は5205億円(同5.0%減)、3期連続の減少となった。書籍は3179億円(同3.2減)、雑誌は2025億円(同7.8%減)。とりわけ週刊誌の落ち込みは激しく317億円(同11.5%減)。
 電子出版物は2697億円で6.1%増となった。電子コミック2419億円(同6.5%増)、電子書籍(文字ものなど)234億円(同2.2%増)、電子雑誌44億円(同4.8%増)。電子コミックは縦スクロール化により堅実な伸びを示している。

電子出版物への需要は衰えず
 電子出版物の市場規模を概観してみると、昨(2023)年度・1年間の売り上げは6449億円(前年比7.0%増)となっている。その内訳は電子コミックが5647億円(同8.6%増)、電子書籍・文字ものなど(文芸書・実用書など)が593億円(同1.3%減)、電子雑誌が209億円(同7.5%減)。
 しかし、コロナ席捲による電子出版への急激な需要が喚起された、2年半前の2ケタ台の伸びは確保できず、2年連続で一ケタ台の増加率となっている。加えて昨年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、人々の余暇の過ごし方が多様化するなか、コロナ禍以降の特需は完全になくなったとみてよい。
 とはいえ電子出版物、なかでも電子コミックの需要は衰えず、2028年度には伸び率24%増の8000億円まで成長するといわれている。
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2024年07月25日

【焦点】子どもの万博動員≠ウらに拍車、大阪で無料の専用列車も 夢洲は依然ガス爆発の危険性あり=橋詰雅博

 来年4月に開幕予定の大阪・関西万博では、大阪府・市は万博へ学校単位で子どもを無料招待する事業を進めている。
 バスの数不足や地下鉄の混雑問題などで、会場までの交通手段を、どう確保するか─その課題を解消するため、大阪の横山英幸市長は、校外学習での利用を目的とした「子ども専用列車」の運行を、大阪メトロと協議していることを今月に明らかにした。
 これを受けて大阪府の吉村洋文知事も「協力していきたい」と賛同。実現となればこれも無料招待となる。
 これまで国公私立校を対象とした関西6府県の万博子ども無料招待事業については、その中身と予算額が以下のようになっている。

 大阪府=4歳から高校生(人数約102万)19億3千万円
 兵庫県=小中高校生(約56万)8億(このうち一部は県内企業による寄付)
 京都府=小中高校生(約25万)3億3千4百万
 奈良県=小中高校生(約12万7千)1億7千万
 滋賀県=4歳から高校生(約18万)4億から5億
 和歌山県=小中校生(約6万7千)1億8千万

 この事業に関西6府県は合計約38億円を投じる見込み。これに「子ども専用列車」の費用が上乗せされる。どのくらいのお金がかかるのかはわからないが、かなりの額だろう。
 「いのち輝く」をテーマにした万博のすばらしさを子どもたちが体験できるなら、多額の税金をかける価値は十分にあるが、問題は会場だ。
 3月に工事現場で、土壌から発生したメタンガスに溶接の火花が引火し爆発する事故が起きた。事故現場はトイレ設置予定地。コンクリート床約100平方bが損傷した。付近には受付ゲートや飲食ブースなどが予定されており、来場者が多く集まる場所だ。
 会場の夢洲(ゆめしま)はゴミの最終処分場で、今も使われている。しゅんせつ土砂やPCB・ダイオキシンなどの有害物質が埋められている。メタンガスは引火しやすく、爆発の危険性がある。このため当初から問題視されていた。2月から5月の間には基準値を超えるメタンガスが76回も検知していたと日本国際博覧会協会が6月下旬に明らかにしている。

 協会は開催中毎日ホームページで測定値の公表を検討するとしているが、根本的な対策はないようだ。こんなメタンガス爆発の危険性がある会場に、子どもたちを入場させるのは、「いのちの危険」の恐れがある。
 それなのに文部科学省は全国の学校へ、修学旅行先として万博をすすめる通達を出している。危険性を知ってか知らずか、来年の修学旅行は万博と決めた千葉県や福島県の学校もある。
 関西の無料招待事業も修学旅行先通達も、政府が音頭を取る万博動員<vランの一環だ。
 子どもが犠牲になったら誰が責任をとるのだろうか。
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2024年07月22日

【出版界の動き】本の需要を喚起するユニークな取り組みと挑戦

第171回・芥川賞と直木賞が決まる。受賞作の短い紹介
<芥川賞>
朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』(新潮社)
 同じ身体なのに半身は姉、もう半身は妹、その驚きに満ちた人生を描く。周りからは一人に見えるが、でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。隣のあなたは誰なのか? 姉妹は考える、そして今これを考えているのは誰なのか。著者はこれまで勤めてきた医師としての経験と驚異の想像力を駆使して、人が生きることの普遍を描く、世界が初めて出会う物語。
松永K三蔵『バリ山行』(講談社 2024/7/29発売予定)
 内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた男は、同僚に誘われ六甲山登山に参加。その後も親睦を図る気楽な山歩きをしていたが、あるベテラン社員から誘われ、危険で難易度の高い登山へ同道する。だが山に対する認識の違いが露わになる。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。
<直木賞>
一穂ミチ『ツミデミック』(光文社)
 夜の街で客引きバイトに就く主人公。女がバイト中に話しかけてきた。彼女は中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と女の話に戸惑う「違う羽の鳥」。調理師の職を失い家に籠もりがちのある日、小一の息子が旧一万円札を手に帰ってきた。近隣の老人からもらったという「特別縁故者」。渦中の人間模様を描き心震える全6話を収載。
 なお著者の一穂さんは覆面作家として活動していたため、マスクを着用して会見に臨んだ。また光文社は生島治郎『追いつめる』以来、57年ぶりに直木賞作家を輩出した。

辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版)がトータル100万部を突破
 2019年3月、辻村さんの作家生活15周年を記念する作品として刊行。内容は婚活≠テーマとした恋愛ミステリ。単行本6万部(10刷)、文庫版85万部(22刷)、電子版9万部。文庫版は22年9月に発売し、1年間で文庫ジャンルの1位になるなど、ベストセラーランキングを席巻した。
 今秋9月27日には、藤ヶ谷太輔さんと奈緒さんのダブル主演による実写映画が公開される。「web TRIPPER」では、鶴谷香央理氏によるコミカライズが連載中。9月にコミック版の第1巻も発売が予定されている。

「読書バリアフリー法」に基づく地方計画の策定は26% 
 視覚障害者らの読書環境の改善を図る「読書バリアフリー法」に基づく計画は、都道府県・指定都市・中核市の計129の自治体には、策定の努力義務がある。しかし策定されている自治体は33、検討中は54、策定予定なしは42に及んだ。策定率は約26%(2月1日現在)だった。
 電子書籍の普及や公立図書館の体制整備などが課題だが、そうした取り組みの計画作りが進んでいないことが分かった。この6月27日には読書バリアフリーに関する出版5団体共同声明が発出され、読書バリアフリーの取り組みポイントとして、以下のことを挙げている。
@ 電子書籍をリフローの形式で、一般向けに制作して販売する。
A 機械式音声読み上げに対応できるようにする。
B 専門の読上げソフトで読ませるため、また点字で読ませるため、テキストデータを提供できるようにする。

日販が有人・無人のハイブリッド型店舗を今秋オープン
 日販は「あゆみ BOOKS 東京・杉並店」をリニューアルし、溜池に設置した「ほんたす」機能を加え、「ほんたす」2号店として今秋オープンする。ここには有人・無人のハイブリッド型営業をかなえる省人化ソリューションを初導入し、書店スタッフの負担軽減と営業時間の延長を図る。
 まず有人レジカウンターを廃止し、セルフレジを導入する。書店スタッフは店舗内でさらに丁寧な接客や売り場づくりを行う。さらに営業時間を4時間延長し、早朝の8時から10時と深夜22時から24時の4時間を、LINE会員証で入店を管理する無人営業時間とし早朝や深夜の営業を可能にする。

ポプラ社と横浜市教委が提携して小中学校に読み放題型の電子図書館を試行導入
 ポプラ社は7月3日、子どもの読書機会の充実を目的に、横浜市教育委員会と連携協定を締結した。ポプラ社が小中学校向けに提供する読み放題型電子図書館「Yomokka!」が、7月から横浜市の小中学校のうち、「過大規模校(学級数31以上)」に指定される9校に試行導入された。

小学館 新会社「THRUSTER(スラスター)」設立 最新テクノロジーでコンテンツ開発
 小学館は7月16日、XR技術を使ったビジネスを開発する新会社として「株式会社THRUSTER(スラスター)」を設立したと発表した。THRUSTERは「株式会社LATEGRA(ラテグラ)」から事業譲渡を受けた制作チームが業務を行う。
 今後はグループ会社の一員として、小学館が持つ膨大なコンテンツをDIGITAL・VR・AR・AI等のテクノロジーと掛け合わせた、新たなコンテンツやサービスの開発を加速させ、海外にも進出する。

世界に広がる日本の出版物 ミリオンセラー生み出す動画SNSの拡散力
 マンガをはじめ、日本の出版コンテンツに対する海外での需要が急伸している。特に米国では勢いが止まらない。今や日本の小説への需要も拡大。動画配信や動画SNSによってそのブームは世界に拡大している。電子書籍の取次や翻訳サービス、縦スクロール化などのサービスが効を奏し、多くの作品を海外に販売できる体制が急ピッチで進む。
 紀伊國屋書店は米国、台湾を含む東南アジア、オセアニア、中東に42店舗を展開。このうち市場が大きい米国で21店舗を運営する。特に動画配信サイトでアニメを見て、新たに作品のファンになったファミリー層が購入するようになり、売上が伸びているという。さらに太宰治の『人間失格』がアニメ化され、原作への関心が広がりベストセラーになっている。

新聞協会、検索連動型AIは「著作権侵害」あたり記事の利用承諾を要請
 日本新聞協会は17日、米国大手IT各社が展開する「検索連動型生成AIサービス」は、著作権侵害の可能性が高いとして、記事の利用承諾を要請する声明を発表した。情報源として新聞記事を無断利用し、かつ記事に類似した回答例を表示するケースが多く、利用者も参照サイトのニュースを閲覧せず、報道機関に不利益が生じる弊害も指摘した。
 また記事利用の許諾を得ないまま「検索連動型AI」を提供すれば、独禁法に抵触する可能性にも言及した。
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2024年07月18日

【JCJ声明】相次ぐ米兵の女性暴行事件と、政府による隠ぺいに抗議する

 「楽しいはずのクリスマスイブの日を、これから少女は毎年つらい思いで過ごさなければならない」。米軍兵士による16歳未満の少女に対する誘拐暴行事件が起きたのは、去年の12月24日、クリスマスイブの日。被害にあった少女について沖縄に住む人たちは、絞り出すように語った。

 日本政府が一体となって沖縄県に事実を隠し続けたこの事件が、「琉球朝日放送」の昼のニュースで第一報が報じられ明るみに出たのは6月25日。外務省や防衛省、そして県民の警察のはずの沖縄県警は、県に連絡しなかった理由として「被害者のプライバシーへの配慮で慎重な対応」と、オウムのように同じ言葉を繰り返した。 

 沖縄の人たちの言葉と比べた時、政府側の言葉の軽さが浮かび上がる。建前の裏側に、辺野古新基地建設に向けた国の代執行、岸田首相訪米、沖縄県議会議員選挙、「慰霊の日」追悼式などへの政治的影響を考えた、地元沖縄県に対する隠ぺいの意図が透けて見える。
 この問題について日本ジャーナリスト会議沖縄(JCJ沖縄)は、いち早く6月27日に抗議声明を出し、「今回の事件が発覚するまでの半年間の経緯をみれば、日米政府は捜査・司法当局も含めて、県民に対して事件を隠ぺいしたと言わざるを得ない。沖縄県民の安全や尊厳をないがしろにする姿勢が暴露されたのである」と指摘し、「米軍の特権を支えるために県民を犠牲にする日本政府や当局に断固抗議する」と訴えた。

 さらにJCJ沖縄が声明を出した後も、米軍による性的暴行事件が次々に明るみになり、県警が発表しなかった米軍による性的暴行事件は、昨年以降合わせて5件あったこともわかった。
 「県民に強い不安を与えるだけではなく、女性の尊厳を踏みにじるものだ」とする玉城デニー知事をはじめ沖縄の人々の強い怒りに、政府はようやく7月5日に、捜査当局が米軍人を容疑者と認定した性犯罪事件については、非公表であっても例外なく沖縄県に伝達する方針を表明した。
 日本ジャーナリスト会議(JCJ)は沖縄の人々と連帯し、政府の隠ぺい行為に強く抗議し、沖縄県への伝達については速やかに確実に履行することを政府に求める。

 沖縄県には在日米軍基地の7割が置かれている。基地問題が引き起こす性暴力の数々は、人間の尊厳に対する蹂躙であり、女性を軽んじるジェンダーの権力構造を露骨に示している。「国家の安全保障」が、一人ひとりの人権に優先するものであるのか、政府は沖縄の人々が置かれている現状と真摯に向きあい自問してほしい。
 そのうえでJCJは、政府に対して米軍への再発防止の徹底の申し入れと、日米地位協定の見直しに取り組むことを強く求める。

  2024年7月12日
日本ジャーナリスト会議(JCJ)

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2024年07月15日

【トピックス】鹿児島県警・内部通報と「情報源暴き」=萩山 拓(ライター)

県警・不祥事の3カ月
 鹿児島県警の元巡査長による捜査資料漏えい事件の発生から、すでに3カ月以上が経過する。県警は4月8日、県警に批判的な報道を続けるニュースサイト運営者を漏えい事件の関係先として家宅捜索し、パソコンのデータを押収し、その内容をもって巡査長を地方公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕した。
 この捜索で得た関連資料や証拠を基に、さらに前県警生活安全部長も漏洩容疑で逮捕した。このような漏洩事件が起きる背景には、県警トップの事件もみ消し・隠蔽の動きに対し、不満が県警内に充満していたと考えられる。
 現に逮捕された当事者からは、「資料を公表して県警内の体質を変えたかった」と、動機の説明がなされている。

踏みにじる「情報源の秘匿」
 しかも県警が行ってきた一連の捜査は、極めて異常なやり方だといわざるを得ない。パソコンのデータを始め、メールや携帯でのやりとりなど、捜査・検索・閲覧の範囲そして押収は通常の限度を超えている。
 こうした捜査に対して、新聞社の「社説」および新聞労連や出版者協議会を始め、メディアにかかわる多くの組織や有識者が、鹿児島県警による異様な「情報源暴き」に抗議の声を挙げてきた。
 そこには「捜査権の乱用」のみならず、「情報源の秘匿・保護」や「表現・報道の自由」が脅かされる重大な危険がはらんでいるからだ。民主主義社会では許されない権力の暴走を感じ取ったからに他ならない。

公益のための内部通報
 この暴走をくい止めるため、東京都の出版社「リーダーズノート出版」の木村浩一郎社長は、鹿児島県警トップの野川明輝本部長らを、特別公務員職権乱用などの罪に当たるとして告発した。ところが鹿児島地検は7月5日付で、野川本部長らを嫌疑なしで不起訴処分とした。
 しかし同社長は、地検の不起訴処分は不当だとして、7月10日、鹿児島検察審査会へ審査を申し立てたと明らかにした。「不法・不当に当該報道機関の強制捜査を行った疑惑があり、強制捜査は取材源の秘匿に関わり、日本国憲法にも違反する」うえに、「地検の捜査は短期間で不十分だ」という世論もあるとしている。
 とりわけ逮捕された前生活安全部長は「県警本部長が県警職員の犯罪行為を隠蔽しようとしたことが許せなかった」「書類を送れば積極的に取材してくれると考えた」と述べているだけに、隠された組織内部の腐敗を告発しようとする公益通報の意図が明確である。こうした事情をどう汲みあげるのか、これからの審査が注目される。
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2024年07月11日

【お知らせ】フリーランス連絡会が「労組法上の労働者性」を巡り都労委に要望書を提出

 MICフリーランス連絡会は、全国一般三多摩労働組合、キャバ&アルバイトユニオンOWLs、フリーランスユニオンと共に、東京都労働委員会に対して要望書を、この4月25日に提出している。
 このほどMICフリーランス連絡会に参加する「出版ネッツ」が、その取り組みの意義について、改めてコメントしている。その内容をお知らせしたい。

 労働委員会は「労働者が団結することを擁護し、および労働関係の公正な調整を図ることを任務とする」行政委員会です。
 しかし、私たちフリーランスのユニオンが申し立てた不当労働行為事件では、「労組法上の労働者性」という入り口の問題で書面の交換が延々と続く事態に直面します。その間、使用者は「労働委員会で審理中である」ことを理由に団体交渉の申し入れに応じず、組合員は深刻な状況に置かれています。
 そこで、都労委ユーザーの立場から、7項目にわたる要望を記した要望書を提出することにしたのです。

 その申し入れと説明の場に、労組側は計11名が参加、都労委側は審査調整課長と審査調整課審査担当の方が出席し、約1時間懇談をしました。提出した7項目について、明確な回答があったわけではありませんが、フリーランスのユニオンが労働委員会を活用する中で感じている困難や課題・要望を伝えることができました。要望内容ならびに私たちの声は、公労使委員にも共有してもらえるとのことでした。

 「出版ネッツ」は、7項目のうち特に「3 『労組法上の労働者性』が争点になっている事件でも和解解決を促進するため、期日間の交渉、協議(団交かどうかはともかく)を被申立人に促すこと」を強く要望しています。
 「出版ネッツ」は現在、2件の不当労働行為救済申し立てをしており、いずれも労組法第7条1号に定める不利益取り扱いと、同条2号に定める団交拒否についての救済を求めています。
 1件は世田谷区事件における団交拒否です。ここでの団交議題は、区史編さん委員の委嘱、区史のために執筆した原稿の著作権の取り扱いとハラスメントです。もう1件はRプロダクション・I出版社事件です。ここでの団交議題は、就業場所と時間外割増手当の支払いです。
 どちらも就業環境と就業条件、生活にかかわる切実な問題です。本来、労働委員会での手続きと並行して自主的な交渉を行うことに何ら問題はなく、労働委員会へ救済申し立てをしていることが団体交渉拒否の理由にはなりません。

 いま世界的には、「適切な社会的保護の実現」「社会的排除に対する取り組み」などと並んで、「労使対話の促進」が目指されています(EUや韓国など)。雇用形態にかかわらず、働く人の団結権・団体交渉権の擁護・確立を社会の“当たり前”にしていかなければなりません。
 今後とも私たちは、労働委員会にその役割を果たすよう求めていくとともに、企業活動にかかわる人々、発注先企業の労働者・労働組合に対しても、フリーランスの団結権・団体交渉権擁護の重要性について訴えていきたいと考えています。(「出版ネッツ」杉村和美)
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2024年07月08日

【おすすめ本】菅原 出『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地 』─国の安全保障や企業防衛の最前線に立つ実施部隊=前田哲男(軍事評論家)

 「民間軍事会社」と聞いて思い浮かべるのは、ロシア・ウクライナ戦争さなかに起きた、「ワグネル」「プリゴジンの乱」だろう。この事件、現代戦の暗部が資本主義国アメリカだけでなく、旧ソ連=ロシアにも存在する事実を照射してくれた。
 もちろん本書にも詳述されている。「ロシア国家によるワグネル乗っ取り」「プリゴジン暗殺」の章は、読みどころの一つだ。

 だが本書は、もっと広範に、アメリカ「戦争請負会社」の活動からアフリカの地域紛争や湾岸戦争、イラク戦争にもおよび、「民間軍事会社」が 現代の戦争に不可欠なものであることを教えてくれる。
 あまり知られていないが、日本の自衛隊にも民間会社の利用が浸透し、隊員不足を補うために拡大する勢いにある。

 本書を読んで再読したのが、カイヨワの『戦争論』(法政大学出版局1974年)とプレティヒャ『農民戦争と傭兵』(白水社2023年)である。「傭兵」を戦争の民間人利用と考えれば、その起源は古い。
 両著とも「歩兵」のルーツを「傭兵」に求めている。「マスケット銃が歩兵を生み、歩兵が傭兵を生んだ」(カイヨワ本)というわけだ。この「傭兵」の現代版・適用例が「民間軍事会社」だといえなくもない。

 しかし、現代資本主義が向かい合う「テロとの戦い」においては、「民間軍事会社」は、「各国の安全保障政策や企業のセキュリティ対策を最前線で履行する実施部隊である」(本書あとがき)。
 そう考えれば岸田政権が掲げた「GDP2%防衛費・5年間43兆円」の使途とも無縁ではない。その意味でも広く読まれるべき書である。(平凡社新書1050円)
民間軍事会社.jpg
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2024年07月04日

【マスコミ評・出版】リベラル論壇誌の創刊と日米同盟の転換=荒屋敷 宏

 いま出版界の話題は、何と言っても、ジャーナリズム・評論・書評を三本柱に据える雑誌「地平」創刊号(2024年7月号)の登場であろう。ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が新潮文庫版で出ることも評判にはなっているが、「地平」編集人・発行人の熊谷伸一郎氏の勇気の前に霞む。
 地平社は、「地平」の前に、内田聖子『デジタル・デモクラシー』、南彰『絶望からの新聞論』、東海林智『ルポ 低賃金』、長井暁『NHKは誰のものか』、島薗進・井原聰・海渡雄一・坂本雅子・天笠啓祐『経済安保が社会を壊す』、三宅芳夫『世界史の中の戦後思想』の6冊の書籍を同時刊行し、さらにアーティフ・アブー・サイフ著、中野真紀子訳『ガザ日記―ジェノサイドの記録』を加える念の入れようである。

 「リベラル論壇誌創刊 勝算は?」との「地平」の熊谷編集長を取材した毎日新聞6月3日付東京夕刊2面の特集ワイド、千葉紀和記者の記事が詳しい。1946年創刊の雑誌「世界」(岩波書店)が1995年に公称12万部で、現在は4万部だから、新たな雑誌創刊の困難さがわかる。

 「地平」の編集スタッフは4人。そのうち1人は、TBS「ニュース23」元ディレクターの工藤剛史氏だと「毎日」の記事が紹介している。大手出版社を辞めたとされる他の3人も、腕利きの編集者であろう。それは創刊号の内容に表現されている。
 筆者が興味深く読んだのは、酒井隆史「過激な中道≠ノ抗して」、吉田千亜「言葉と原発(上)」、尾崎孝史「ウクライナ通信 ドンバスの風に吹かれて 第1回ウクライナ報道の現在地」、小林美穂子「桐生市事件」、樫田秀樹「会社をどう罰するか 第1回ネクスコ中日本 笹子トンネル天井板崩落事故」だった。編集長の人脈の広さを示すが、論壇の動向紹介や地に足の着いたルポなどは、たいへん読み応えがある。

 もう一つ注目したいのは、週刊誌「サンデー毎日」6月16日・23日合併号「倉重篤郎のニュース最前線」の「寺島実郎渾身の『日本再生構想』 日米同盟のパラダイム転換へ」である。『21世紀未来圏―日本再生の構想』(岩波書店)の著者である寺島氏へのインタビュー記事だ。
 寺島氏は敗戦後80年を経過しても、外国軍隊を受け容れている日本の異常さに着目し、米軍基地・施設の段階的縮小を提言している。この視点は現今の論壇の弱点を突いたものだろう。米国追随型出版の自己点検が必要な時だ。
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