15年前の初夏、千葉県の房総半島沖で一隻の漁船が深海に消えた。乗組員4人が死亡し13人が行方不明のままだ。
当時、国が出した事故調査の結論は「波が原因」。だが関係者の間には釈然としない思いがくすぶり続けていた。
2019年秋、一人のジャーナリストが偶然耳にしたこの事故に疑問を抱き、取材を始める。
海難審判庁など役所の幹部、遺族、海に放り出されながらも生き残った乗組員――。インタビューに応じても、必ずしも取材に前向きとは限らない。生き残った乗組員らの口は重い。だが地道で実直なジャーナリストの姿勢が彼らの心を解きほぐし、一つ一つ重要な証言を取り出していく。
沈没前、乗組員らは強い衝撃を感じている。ドスーン、バキッ。そんな奇怪な音も聞いている。
「あれは波の音なんかじゃない」
さまざまな証言が浮かび上がらせるのは、当時の不可思議な状況だ。
事故直後、周辺の海は黒く染まっていた。積載していた燃料油が船底の破損で漏れ出したのか。だとすると、船は何かにぶつかったのか。だが付近は深海で、海底まで5キロはある。何らかの「動くもの」が衝突したのではないか――。
著者はやがて「潜水艦の男」から証言を得る。
海難事故の真相を追いかける謎解きと、緻密な構成、巧みな筆致にぐいぐいと引き込まれる。
だが本書の魅力はそこにとどまらない。取材先に何度も足を運び、手紙を書き、公的文書を得るために情報公開請求を試みていく、そのひたむきな姿に心奪われるのだ。
ジャーナリズムを志す、あるいは実践するすべての人に必読の書ではないだろうか。(講談社1800円)