2024年01月29日

【おすすめ本】猫塚義夫・清末愛沙『平和に生きる権利は国境を超える パレスチナとアフガニスタンにかかわって』─人道支援を続けてきた医師と法学者が鋭く問う=香山リカ(精神科医)

 アフガニスタンやパレスチナで起きている人道危機。ニュースでは知っていても、それが世界地図のどのあたりで起きているのか分からない、という若者もいる。彼らに関心を持ってもらうのに必要なのは、「具体的な話」だ。
 本書は、北海道パレスチナ医療奉仕団の団員として、アフガニスタンやパレスチナで、人道支援を続けてきた法学者と医師による対話集である。
 両人とも学術的バックグラウンドを持つ“行動の人”だ。過去の支援活動においてガザ地区の病院で手術をしていたら停電になり、看護師たちがスマホの灯りをかざして手元を照らしてくれた、といった猫塚医師の話にリアリティを感じない人はいないだろう。

 こういった生々しい話が続いたあと、ふたりは日本国憲法が持つ先駆性について語る。とくにその前文に、日本国民のみならず全世界の国民が、「平和のうちに生存する権利を有する」と謳われていることの意義だ。
 清末教授は言う。「私たちの活動は国境を越えた活動に見えるでしょう。それは間違いではありませんが、同じレベルで足元の日本の社会での平和的生存権の実現をめざすことが肝要です。足元を見ずに、国境を越えて活動はできません。」
 さらにふたりは、先住民族アイヌが住む土地を収奪して成り立った歴史を持つ北海道の団体が、イスラエルに植民地化されたパレスチナにかかわる意義にも触れる。実は私も北海道パレスチナ医療奉仕団のメンバーである。まだ現地を訪れたことはないのだが、事態が少しでも落ち着いたら必ず医療支援に出かけたい。(あけび書房1600円)
「平和に生きる権利…」.jpg
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2024年01月25日

【焦点】トランプが大統領に再選なら、パレスチナ切り捨ての姿勢は強まる?=橋詰雅博

 イスラエルがパレスチナを占領して56年。アメリカはイスラエルに対して、どういう姿勢を取るのか。
 1967年の第3次中東戦争でアラブ諸国に勝ったイスラエルは、ヨルダン川西岸とガザ、エジプト領シナイ半島などを武力占領した。その時、国連安保理はイスラエルの占領地からの撤退を決議(「242号議」)。安保理メンバーのアメリカも、この決議に賛成している。イスラエルはすぐに応じなかったが、後にシナイ半島だけはエジプトに返還した。

 この「242号議」を遵守してきたアメリカだったが、トランプが大統領になってから状況が大きく変わった。トランプ政権(2017年から21年)は、イスラエルの占領承認に加え、難民保護政策からも撤退し、パレスチナ切り捨て姿勢を強化した。
 日本AALA(アジア・アフリカ・ラテンアメリカ)連帯委員会の昨年末の学習会で、オンライン講演した中東問題研究家の平井文子氏は、トランプが4年間で行った政策転換を以下のようにまとめている。

●2017年12月6日:イスラエルによるエルサレム首都宣言を支持。
●2018年1月16日:国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への拠出金凍結。それまでは米国はUNRWAの予算の3割を支援。パレスチナには学校700、診療所140があり、UNRWAは難民にとって命綱だ。
● 〃 年5月14日:米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転。
    8月31日:米国、UNRWAから脱退。
    9月10日:ワシントンにあるパレスチナ自治政府代表部を閉鎖。
●2019年3月:シリア領ゴラン高原のイスラエルの主権を承認。
● 〃 11月18日:ポンペオ国務長官が、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地は、国際法に違反せずとの見解を示す。
●2020年1月28日:中東和平案(「世紀のディール」)発表。イスラエルがヨルダン川西岸の占領地に建設した入植地の大部分を、イスラエルの正当な領土であると認めた。
● 〃  8月13日:アブラハム合意発表。米国が仲介したイスラエルとアラブ首長国連邦の和平合意。続いてバーレーンを皮切りにスーダン、モロッコがイスラエルとの関係正常化に踏み出す。
 
 この背景に米国におけるキリスト教シオニズム運動がある。平井氏は、こう解説した。
「全米クリスチャンの4分の1を占めるキリスト教福音派は、イスラエル国家の創設と数百万人のユダヤ人の集住を、イエス復活が間近であるという聖書の予言の実現とみている。
 米国におけるキリスト教シオニズムは、今や白人福音派の間では多数派神学となっている。シオニズムの票は数千万にものぼり、大統領選挙では大きな票田となっている」
 このため歴代の米大統領はイスラエル支持を維持している。
 トランプが大統領に再選したら、パレスチナ切り捨てをさらに強め、中東情勢は一段と混迷を深めるのは間違いない。
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2024年01月22日

【出版トピックス】能登半島地震が招いた2つの出来事そして「書楽」再開

能登半島地震で「インプ稼ぎ」
 能登半島地震が発生した直後から、12年前の東日本大地震で起きた大津波の動画を、自分の動画に貼り付け、あたかも能登地震に関係するかのように装い、Xに投稿するユーザーが急増した。
 これはフェイク動画を付けて「アッと驚かせ」、アクセス回数を増やし、広告収入を見込む金儲けを目的にした「インプレッション(表示回数)稼ぎ」が指摘されている。
 2023年夏にX社のイーロン・マスクが導入し展開している「広告収益分配プログラム」が悪用され、フェイク拡散を助長させている。
 この「広告収益分配プログラム」とは、有料サービスの「Xプレミアム」に登録したアカウントを使い、特定の条件を満たしたユーザーの投稿に「返信」の形で広告が掲載されると、広告収益の一部がユーザーに分配されるプログラムだ。こうしたフェイクを助長しかねない「インプ稼ぎ」には、何らかの規制が必要ではないか。

本は被災地に送らないで!
 能登半島地震の被災地へ送られる「迷惑な支援物資」が問題となっている。賞味期限が切れている食品類、すでに使ったと思われる衣類や消耗品の残り、たとえ善意からの支援だとしても、現地では扱いに困っているのが実情だ。
 そんな中、「日本図書館協会」は、被災地以外に住む一般の人々に向け「被災地や避難所に直接、本は送らないでください」と呼びかけている。阪神・淡路大震災や東日本大震災の経験から、「被災地に本を送っても、読書ニーズよりも被災の片づけ作業にてんてこ舞いの上、置き場所がなく廃棄せざるをえないケースが出た」という。
 それでは、どう支援すべきか。日本図書館協会は、被災地の県立図書館と連絡を取り合い、設備を復旧した後に本を補充する援助に傾注したいとする。本を直接送るのではなく資金援助により、各図書館が現地のニーズや要望に合わせた本を選書し揃えていく手助けだ。「図書館災害対策のための指定寄付金」も募集している。

再開する本屋「書楽」
 東京のJR中央線阿佐ヶ谷駅前南口のロータリーにある書店「書楽」は、ビル1階の110坪を擁し43年間営業してきたが、今年1月に閉店を表明していた。その後、閉店を惜しむ声が大きくなり、八重洲ブックセンターが店舗を引き継ぎ、2月中旬には再オープンすることになった。
 この営業継続に多くの人々が慶び、応援しているという。とりわけ東京都内でも区市町村62自治体のうち7自治体が書店ゼロ、書店1軒の自治体と合わせれば2割に近い。書店が減ることへの危機感が広がり、「町の本屋さん」存続への取り組みが、業界内外で共有されるようになってきた成果である。
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2024年01月18日

【沖縄トピックス】沖縄県内の2023年10大ニュースに注目!

「琉球新報」が昨年12/24付で、2023年・沖縄県内10大ニュースを選定した。本土では、あまり知られていないので、要約して紹介したい(2位は2件)。

1位:代執行敗訴 県に厳しく 辺野古新基地 埋め立て重大局面
 名護市辺野古の新基地建設を巡る県と国の訴訟は、県敗訴の厳しい判決が続いた。大浦湾の軟弱地盤改良工事の設計変更申請の承認に関し、国が提起した代執行訴訟で福岡高裁那覇支部は12月20日、県に承認を命じる判決を言い渡した。

2位:キングス プロバスケットBリーグ初制覇および沖縄でW杯 日本がパリ切符
 琉球ゴールデンキングスがシーズンに初のBリーグ制覇。「ポジションレス」のバスケと、強力なセカンドユニットを武器に勝ち星を伸ばし、“史上最強”と言われた千葉ジェッツに連勝し、CS負けなしで頂点に立った。また沖縄で開催のW杯で日本代表が3勝を挙げ、48年ぶりの自力でのパリ五輪出場を決めた。

4位:屋久島オスプレイ墜落 米軍、約1週間後に世界で停止
 11月29日、鹿児島県・屋久島沖で米軍オスプレイが墜落、乗員8人全員が死亡。だが日本政府は米側に明確に飛行停止を求めず、県内では事故後もオスプレイが約1週間飛行を続けた。米軍は12月7日、世界中で運用する全てのオスプレイの飛行を停止。

5位:陸自ヘリ 宮古沖墜落 南西シフト 基地負担さらに
 防衛省・自衛隊は3月、陸上自衛隊石垣駐屯地を開設。県内を拠点とする陸自第15旅団の師団化を目指し、ミサイルの県内配備も視野に南西諸島の防衛力増強が続く。4月には宮古島市沖で陸自ヘリの墜落事故が発生。第8師団長ら10人が死亡、衝撃が広がった。

6位:Uターン台風6号猛威
 7月31日〜8月7日、大型台風6号が沖縄地方に2度にわたり接近。縄地方をUターンするなど複雑な動きを見せ、本島と周辺離島に甚大な被害をもたらした。8月2日には、県内全世帯の34%となる34市町村21万5800世帯が停電した。

7位:コロナ5類へ移行 観光復活へ
新型コロナの5類移行によって、沖縄観光も復活の兆しを見せた。観光客の観光消費額や人泊数も増加するなど、順調に回復した。一方、修学旅行のバス運転手不足や空港関係者の人員不足で国際線の復便に支障など、観光業界の人手不足が顕在化した。

8位:那覇市前議長に収賄容疑
那覇市おもろまちの市上下水道局関連用地などを巡り、関係者から現金計5千万円を受け取り、便宜を図るべく市議会で取り計らいをした那覇市議長・久高智弘を収賄容疑で県警が逮捕、那覇地検は12月、久高被告のほか収賄罪で1人、贈賄罪で元総会屋の男ら3人の計5人を起訴。

9位:沖縄戦の語り部 相次ぐ訃報
中山きく(元白梅学徒で白梅同窓会長)さん:1月12日逝去。享年98。
本村ツル(元ひめゆり学徒で糸満市のひめゆり平和祈念資料館館長)さん:4月7日逝去。享年97。
平良啓子(対馬丸事件を体験し語り部として平和教育に尽力)さん:7月29日逝去。享年88。
上原米子(元なごらん学徒の語り部)さん:10月11日逝去。享年96。
上原はつ子(糸満市摩文仁の「全学徒隊の碑」を建立し戦争体験を伝えてきた)さん:10月25日逝去。享年94。

10位:人間国宝に祝嶺、大湾さん
 染織家の祝嶺恭子さん(86)と、琉球古典音楽・安冨祖流絃聲会の大湾清之さん(76)が2023年度の人間国宝として認定。祝嶺さんは「首里の織物」、大湾さんは「琉球古典音楽」でそれぞれ技や調査研究が評価された。両氏の認定で県内の人間国宝は10人、故人も含めると17人。
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2024年01月15日

【出版界の動き】読者・クリエイター・地域と協働する新たな挑戦

能登半島地震による書店被害状況は、1月5日午前10時時点で被災書店309店。そのうち「再開未定」が24店、「状況確認中」が5店。280店が「すでに営業再開および一部のみで営業再開」している。
 北陸地方に店舗展開する勝木書店では、ほぼ全店で商品落下などの被害。石川県内の6店舗が大きな被害。天井やガラス什器が破損。同地域が断水のため臨時休業中。復旧のめどがたっていない。

23年11月の出版物販売金額865億円(前年比5.4%減)、書籍493億円(同2.9%減)、雑誌372億円(同8.5%減)。月刊誌313億円(同9.2%減)、週刊誌58億円(同4.2%減)。返品率は書籍34.0%、雑誌42.2%、月刊誌41.0%、週刊誌47.8%。相変わらず週刊誌の落ち込みが続く。
 23年の年間販売金額は1兆638億円前後。かろうじて1兆円は維持したが、それも定価値上げに負うところが大きい。

出版物のルート別販売金額を見ると、マイナス幅が大きいのはコンビニルート。23年度の売り上げは1000億円を下回り、22年1172億円から20.4%減となった。1996年はコンビニでの出版物販売額が5571億円でピークとなったが、その後、漸減し続け今や6分の1となった。
 日販のコンビニ配送からの撤退、紀伊國屋書店・CCC・日販の新会社ブックセラーズ&カンパニーが設立されたことも、影響しているのは間違いない。しかし、書店1万店の輸送網は6万店のコンビニルートによって成立している以上、コンビニ流通を守ることは書店配達を維持することと直結する。出版配送網インフラを拡充するうえで、コンビニ配送の位置づけを再確認すべきではないか。

メディアドゥは、昨年12月期の電子書籍・流通額(ジャンル別)の成長率を発表した。「コミック」が前年比2.5%増、「縦スクロールコミック」が同88.6%増、「写真集」が同3.3%減、「書籍」が同3.8%増、「雑誌」が同0.6%減。総合では前年同月比2.7%増だった。
 ここで特筆すべきなのは「縦スクロールコミック」の急成長である。本においてはジャンルを問わず、いかに「縦読み」が読み手の自然な習慣になっているか、その証明でもある。

日販が運営する入場料のある本屋「文喫」が、名古屋にある中日新聞社の「中日ビル」に4月23日にオープンする。これまでの2店舗(六本木、福岡天神)と比べて圧倒的な広さを誇る、約370坪の大規模な店舗。
 162席の座席を有する大喫茶ホールに、一点一点選書した約3万冊の書籍を取り揃える。さらに、おかわり自由の珈琲、紅茶サービスも用意する。

インターネット上の 誹謗 中傷への対策を強化するため、政府はプロバイダー責任制限法の改正案を、1月26日の通常国会に提出する。X(旧ツイッター)やメタ、グーグルなどを念頭に、SNSを運営する大手企業に対し、不適切な投稿を削除するよう申請があった場合、迅速な対応や削除基準の公表などを義務付ける。
 SNSの運営企業の大半は海外勢で、削除の手続きや窓口のわかりにくさなどが指摘され、申請後も対応結果が確認できないケースもあった。今回の法改正は、誹謗中傷など権利を侵害する違法な投稿を対象としている。同様に対応が急務になっている偽情報や誤情報への対策は引き続き検討する。

創設50年になる仮説社という小さな出版社がある。東京・巣鴨にあるビルの3階の社内は3分の1が、本やグッズを販売する書店になっている。自社の本はもちろんだが、古本や個人出版の本(「ガリ本」と呼ぶ)から、実験器具やおもちゃ、手品からミジンコ、ガチャなども並べている。
 この売り場の一隅に机と椅子をおき、夏休み自由研究講座や煮干しの解剖講座、近所の子どもたちを集めて仮説実験授業などを教える科学教室まで始めている。ちなみに同社発行の『うに―とげとげいきもの きたむらさきうにの ひみつ』が、こども家庭庁の2023年度児童福祉文化財の推薦作品となっている。

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」がブームとなるなか、水木しげるさんの故郷・鳥取県境港市でスタートした、「とっとりクリエイターズ・ビレッジ」と名付けるプロジェクトが大反響を呼んでいる。
 講談社「クリエイターズラボ」が、鳥取県と連携し地方創生とデジタルクリエイター支援を併せ持つプロジェクトを開始。あらゆるデジタルツールを駆使して創作活動している県外のクリエイターを境港市に呼び、生活の心配をせずに創作に打ち込んでもらう取り組みだ。
 4月1日から2年間は境港市に居住して活動すること、その後も鳥取県に住み続ける意志があることなどを条件に、毎月約20万円(税別)が支給されるという。さらに担当編集がついて活動を支援し、創作講座が受けられるなどの特典が付く。このプロジェクトに参加できるクリエイターは5人。応募締め切りは2024年1月15日。

末尾ながら、今年2024年は世界的な選挙イヤーになる。台湾総統選挙(2024年1月)→インドネシア大統領選挙(2024年2月)→ロシア大統領選挙(2024年3月)→韓国総選挙(2024年4月)→インド総選挙(2024年4月〜5月)→欧州議会議員選挙(2024年6月)→メキシコ大統領選挙(2024年6月)→東京都知事選挙(2024年7月までに)→自由民主党総裁選挙(2024年9月までに)→アメリカ大統領選挙(2024年11月5日)→参議院議員選挙(2025年)
 なかでも影響が大きいのは、アメリカ大統領選挙。ドナルド・トランプ再選でもなれば、“同盟国にとっての「悪夢」”が再来、動向が注目される。
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2024年01月11日

【焦点】東京五輪選手村跡地のマンション建設で、東京都中央区は開発業者負担分の7割・37億円を免除 不可解な行政の優遇ぶり問題化=橋詰雅博

 東京都が9割値引きという超格安で、開発業者に売却したのは許せないと都民が提訴している問題の用地、晴海五輪選手村跡地に建設中だったマンション群(HARUMI FLAG)が完成した。
 分譲・賃貸含め5632戸の住宅が生まれるこの新タウンには約1万2000人が住む。大きな小中学校や特別出張所、認定こども園・図書館・保健センター・お年寄りセンターが入る大型複合施設などが建設される。
 1月から住民の入居が始まるが、中央区による開発業者への優遇ぶりが改めて問題化している。
 中央区には新しい住戸が完成すると開発業者から開発協力金として1戸当たり100万円を請求する要綱(ただし40u以下のワンルームを除く)がある。この開発協力金は、大規模マンション建設の人口急増に対応するため、区の行政サービスの負担が増えることから業者に一部負担を協力してもらうというのが趣旨。実際、HARUMI FLAGでは学校、出張所、施設複合が建設され、職員も大幅に増やさなければならない。

 見込まれる開発協力金は51億円。ところが中央区は板状棟マンション(外観が横に長い建物の一面に住宅が並んでいて、玄関は外廊下と向い合せに設計)3700戸分の37億円を免除した。オリンピック要因だとした免除理由はこうだ。
@ 選手村住宅はパラリンピック対応のため共有部分の廊下を拡張。
A 選手が集い憩える空間確保のため駐車場を地下に集約し、工事費を開発業者が負担。
B オリパラ組織委が選手村として借り上げ使用する期間に生じた金利は開発業者が負担。
C 開発業者が住宅と併せて整備した商業施設は地域に貢献。
 これらを総合的に勘案した中央区は、選手村住宅建設は要綱提要対象外とした。
 しかし、これらの4つの理由のどれを見ても、行政サービスを減らす要因は見当たらない。減額する真っ当な理由はないのだ。

 結局、オリンピックとは無関係の建設中タワーマンション分の開発協力金14億円だけが中央区に開発業者から納金される。
 オリンピック要因を理由に東京都と中央区から2重サービスを開発業者が受けた。片や土地の投げ売り、一方で37億円放棄、行政側による不可解極まりないやり方と言える。
 なお一審、控訴審で敗訴した五輪選手村訴訟の原告は、昨年12月11日最高裁に上告した。
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2024年01月08日

【おすすめ本】中村梧郎『記者狙撃 ベトナム戦争とウクライナ』─侵略者が行う戦場での犯罪行為 リアルに伝える重要さ=古田元夫(日越大学学長)

 書名の「記者狙撃」と は、1979年に起きた中越戦争(中国とベトナムの国家間戦争)の3月7日、ベトナム北部ランソンで、「赤旗」特派員の高野功記者が、中国軍の狙撃を受けて死亡した事件のことである。
 中国は、2月17日に陸上国境全線でベトナム領内に侵攻したが、3月5 日には「懲罰」の目的が 達したとして撤退を発 表。だがランソン市内には中国軍が引き続き残留し、戦闘が続いていることを、高野記者の死は身をもって世界に示した。

 著者は、この高野氏の取材に別の車で同行しており、高野氏が亡くなった際には同時に狙撃を受け、九死に一生を得た体験の持ち主だ。本書では事件後40年以上を経て、著者が明らかにした事件の経緯も書かれている。
 当時ベトナム研究者になったばかりの私にとっても、高野氏の死は衝撃的だった。さらに勇気あるジャーナリストによる戦場からの報道が、超大国アメリカの敗北に帰結したベトナム戦争の終結からまだあまり時間が経過していない当時、最前線からの報道を試みた高野氏の勇気ある行動には違和感はなかった。

 ところが、その後、今日のウクライナに至るまで、繰り返されてきた大国による侵略戦争では、危険がある紛争地にジャーナリストが行くこと自体を、非難がましく見るような傾向が広がっている。
 本書は、このような傾向は、侵略者が行う戦場での犯罪行為を隠蔽する手助けになっていると指摘し、「侵略戦争」には 断固反対、「抵抗戦争」は断固支持、という立場を貫く重要性を、今日のウクライナの事態も踏まえて訴えている。戦場フォトグラファーとして活躍してきた著者の言葉には強い説得力がある。(花伝社1700円)
『記者狙撃』.jpg
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2024年01月04日

【マスコミ評・出版】KADOKAWAの反トランス本が刊行中止となる=荒屋敷 宏

 KADOKAWAが、1月24日に発売予定だったアビゲイル・シュライアー著『あの子もトランスジェンダーになった─SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』を、昨年12月5日になって突如、刊行中止としたため、論争が起きている。
 368ページ、本体価格2300円との近刊情報も告知されていた。2020年6月にアメ リカで出版された原書や翻訳本の題名だけでもトランスジェンダー差別撤廃を求める人々を激怒させるものだ。
 出版関係者(出版社勤務・書店勤務 ・著者等)有志一同(代表・小林えみ氏)から意見書がKADOKAWAに提出され、「アビゲイル・シュライアーが扇動的なヘイターであり、本書の内容も刊行国のアメリカですでに問題視されており、トランスジェンダー当事者の安全・人権を脅かしかねない本書の刊行を、同じ出版界の者として事態を憂慮しています」として対策を求めていた。

 KADOKAWAのホームページには、学芸ノン フィクション編集部のお詫びとお知らせが掲載された。
 「刊行の告知直後から、多くの方々より本書の内容および刊行の是非について様々なご意見を賜りました。本書は、ジェンダーに関する欧米での事象等を通じて、国内読者で議論を深めていくきっかけになればと、刊行を予定しておりましたが、タイトルやキャッチコピーの内容により、結果的に当事者の方を傷つけることとなり、誠に申し訳ございません」

 だがKADOKAWAが本書の刊行準備に当たり、右翼文化人に応援を求めていた事実がある。「2週間程前に、KADOKAWAの担当者から手紙と本の原稿を頂きました」とアンドリー・ナザレンコ氏がSNSで告白した。
 「月刊WiLL」「月刊Hanada」の常連執筆者の間にも、翻訳本のコピーが出回っていたと聞いてあきれる。産経新聞に頻繁に登場する国際政治学者の島田洋一氏は、今年7月に出した著書『腹黒い世界の常識』(飛鳥新社)の第6章 「差別とLGBT」で、アビゲイル・シュライアー氏の著書を参照しつつ、トランスジェンダー差別を助長する議論を展開している。
 今回は、表面的に見ればKADOKAWAの刊行自粛であるが、問題の根は深い。表現の規制は危険である。かと言って、人権侵害や差別を助長する本を野放しにしてよいのか。KADOKAWAまでヘイト本の出版社になるとすれば、日本社会にとって好ましくないことは確かである。
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2024年01月01日

【余生私語録】第10回─日本を戦争ができる国へ変質させる20年前の出来事=守屋龍一

 あけましておめでとうございます。新たな気持ちで物事に取り組むには、やはり過去の闘いと歴史に学ぶにしくはない。今から20年前、なにが起きていたのか。ちょうど私はJCJ事務局長の任にあったため、クロニクルを繰りつつ私的回顧も含め辿ってみた。

自衛隊のイラク派兵
 2004年1月9日、小泉政権下、石破茂防衛庁長官がイラクへ自衛隊の派兵命令を出し、先遣隊30人がイラク南部のサマワへ向かった。自衛隊を派兵させるのは戦後初めて。憲法にもイラク復興にも逆行する暴挙に国民の怒りは沸騰した。
 その後も日本政府は、米国・ブッシュ政権のイラク攻撃に同調し続けてきた。国際社会の同意もなく始めたイラク戦争が、多くの市民の命を奪い、中東を不安定にした責任は重い。あげくに米国調査団は、イラクに大量破壊兵器はなかったと、10月6日に報告する。
 4月8日、ボランティア活動家の高遠菜穂子さん、今井規明さん、ジャーナリストの郡山総一郎さんら3人が、イラク・ファルージャ近郊で活動中、イラク人武装グループに拘束され、危険な事態に陥った。
 すぐにJCJは「3人の日本人救出と自衛隊のイラク即時撤退を求める緊急声明」(4/9)を発表し、政府に行動を促した。続けて「イラクからの自衛隊撤退を求める女性とジャーナリストの緊急集会」(5/14)、「シンポジウム─イラク報道と<言論統制>をめぐって」(5/16)など、連続した活動に取り組んでいる。

JCJが取り組んだ意欲的な活動
 6月4日には「二人のジャーナリストの死を悼み自衛隊の即時イラク撤退を求める声明」を発表した。その内容は以下の通り。
<フリージャーナリスト橋田信介さん、小川功太郎さんがイラクの首都バグダッド南部で銃撃を受け殺害されました。心から哀悼の意を表します。(中略)まさに占領米軍がイラク人全体を標的にした「掃討」作戦を展開し、ファルージャ、カルバラ、ナジャフなどで無辜の市民や子どもを殺戮しています。アブグレイブ監獄を始め、拘束したイラク人に対する拷問・虐待の実態も明らかになり、ますます米軍への怒りが増大しています。
 自衛隊は「非戦闘地域」に派遣するとしたイラク特措法にも当てはまらなくなっているのが実態です。サマワに駐留する自衛隊の「人道復興支援」も、再三にわたり中断をよぎなくされています。
 これらの事実を踏まえ、さらに日本人の犠牲を増やさないためには、占領米軍に加担・協力する自衛隊をすぐに撤退させることです。>

有事関連法案が強行成立
 6月14日、国際的なイラク戦争反対、また国内では自衛隊・撤退の大行動が展開されているにもかかわらず、国会では「有事関連法案7法案」を強行成立させた。「憲法9条」を踏みにじり、米軍の戦争に日本が参戦し、国民を総動員できる法律に他ならない。強行した自・公の与党に加え、賛成した民主党の責任は重い。
 そしてJCJのWEBコラムで、私は次のような事態を7月13日に書いている。
<「朝日新聞」の朝刊(7/13付)に「改憲派、新議員の76%」の見出しがおどり、新しく選出された参議院議員の状況を分析した結果に愕然とした。自民党を影から支えた公明党では、なんと改憲賛成派が77%から83%に増えている。憲法9条を変え、日本を戦争のできる国にする──そんなことを望んで投票した人は多くないはずだ。しかし結果として3分の2に近い改憲勢力が誕生したのだ。>
 8月13日、沖縄を襲う悲劇・米軍ヘリ墜落。普天間基地に配備されている米軍CH53D型大型輸送ヘリが、宜野湾市石谷にある沖縄国際大学の構内に墜落。日本の警察の立ち入り調査や司法の検証も拒否され、まさに「治外法権」の典型を見る。
 12月10日、防衛大綱と次期中期防衛力整備計画が決定される。パトリオットミサイルなど「弾道ミサイル防衛システム(MD)」の整備や自衛隊の海外派兵が本来任務となる。

国が率先して沖縄に米軍基地を建設
 こうして20年前を辿ってみると、米国に追従し、日本を戦争できる国へ変質させる自公政権と、それに付和雷同する一部野党との“なれ合い”が続き、武器輸出の解禁、24年度予算は軍事費8兆円と突出する事態を生み出していることがよく分かる。
 さらに、昨年12月28日、沖縄の辺野古基地建設に向け、大浦湾埋め立ての設計変更を、沖縄県民がこぞって反対しているにもかかわらず、国は代執行を強行。1月中旬にも工事を始める。憲法で定められた地方自治の理念を足蹴にする暴挙だ。
 元沖縄県議の仲里利信さんは「日本人が初めて、自分の手で沖縄に米軍基地を造ることになる」と、その本質を痛烈に突いている。(2024/1/1)
posted by ロバの耳 at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 余生私語録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする