米国南部・テキサス州にある、米大リーグ所属の球団ヒューストン・アストロズの本拠地球場「ミニッツメイド・パーク」の名前が、来年2025年1月から変わる。新名は「ダイキン・パーク」といい、日本のダイキン工業が命名権を取得した。大リーグ球場命名権を日本企業が取得したのは初めてだ。
ダイキン工業は約170カ国で事業展開する空調機、化学製品の世界有数メーカー。ヒューストン近郊の工場では、2017年から空調機を生産し約1万人を雇用している。
国内外で有名なダイキン工業だが、日本では大阪府摂津工場から漏出した、有機フッ素化合物「PFOA(ピーフォア)」に起因する汚染問題に直面している。この事実についてはあまり知られていない。同じ有機フッ素化合物の仲間「PFOS(ピーフォス)」と並んで、PFOAも毒性が強い物質だ。
泡消火剤などの原料「PFOS(ピーフォス)」による汚染水が、沖縄や横田などの米軍基地から漏出しているのが発覚し、周辺住民の健康被害が懸念されるとマスコミで報じられ、今や社会問題化している。
一方、焦げつかないプライパンや防水スプレーなどに使われているPFOA汚染は、なぜかマスコミ報道も少なく、しかもダイキン工業の社名は、ほとんど伏せられている。PFOSもPFOAもWHO専門機関は発がん性を認定している。
体内に蓄積されるので、治療も困難を極め対策が厄介だ。胎内曝露で胎児に悪影響があるという調査結果もある。どちらも国際的に製造・使用が禁止されている。しかし現在、問題になっているのは、PFOA汚染された地下水・河川・農業用水などを、どう処理・排除するかである。
環境省が全国の自治体の協力を得て2020年に実施した汚染物質による河川・地下水などの濃度調査で出た数値で、大阪府摂津市から検出されたPFOA濃度は衝撃的な数字だった。1リットル当たり1812ナノグラム、目標値の36倍にも上る。
汚染源はPFOAを製造するダイキン摂津工場と断定されている。実は工場周辺では、1950年代から牛の大量突然死や黄色に変じた田んぼ、枯れる稲など異常な出来事が起こっていた。住民たちは汚染された井戸水を飲み、農業用水で育ったコメや野菜などを食べていた。
京都大学研究チームによる血液検査を受けた住民たちからは、高濃度のPFOAが検出された。摂津市は「ダイキンの企業城下町」である。摂津市はもとより大阪府や多くの住民も、ダイキン工業に漏出規制を求めることに消極的。相手が大企業ゆえにマスコミも腰が引けている。ダイキン工業は「健康障害の証拠がない」と2000年以来言い続けている。このままでは、有害化学物質が原因の昭和時代の公害が、よみがえるという声も高まっている。
詳細を知りたい方は10月に刊行された中川七海『終わらないPFOA汚染─公害温存システムのある国で』(旬報社)を読んでいただきたい。
(追記・編集部):岡山県吉備市の浄水場の水から、有機フッ素化合物PFAS(PFOA、PFOSなどを含む総称)が、去年10月、国の暫定目標値(1リットル当たり50ナノグラム)の28倍にあたる高濃度で検出された。この問題を受けた吉備中央町は、今年11月25日、全国で初めて公費による血液検査を始めている。
検査結果は来年1月にも本人に郵送で通知される。町が事前に行った健康調査票のデータと合わせ、岡山大学と川崎医科大学に詳細な分析を依頼するという。国内各地でPFAS汚染が見つかるなか、他地域でも住民から公費での検査を求める声が多く出ている。吉備中央町の取り組みが注目される。
2024年11月25日
【オンライン講演会】「なぜ裁判官はこうも堕落したのか」─講師:後藤秀典さん(本年度JCJ賞受賞者)
2024年度JCJ賞出版部門で、後藤秀典『東京電力の変節』(旬報社、2023年9月刊)が選ばれた。著者は、福島原発事故について「国に賠償責任はない」と判決を言い渡した、最高裁裁判官と東京電力、巨大法律事務所の3者がアンダーグラウンドで結びついていることを本書で浮き彫りにした。
私たちは、司法の場でも闇≠ェあるのかと愕然とし、失望の底に落とされた。そして怒りがふつふつと湧いてきた。後藤さんによると、高裁や地裁の下級審の裁判官も、公正・公平の使命を裏切る行為が少なくないという。
なぜ裁判官はこうも堕落したのか。受賞作と月刊誌「地平」(地平社)に連載中の<ルポ司法崩壊>の取材から導き出した、その理由と実体を語る。
■後藤秀典さん:プロフィール
1964年生まれ。日本電波ニュース社、ジン・ネット勤務を経て、2020年からフリーランス。テレビの報道ドキュメンタリー番組でディレクター、プロデューサーを務める。福島第一原発事故、社会保障制度問題などを取材。
NHK明日へ『分断の果てに原発事故避難者≠ヘ問いかける』(2020年貧困ジャーナリズム賞)など。
■開催日:11月30日(土)午後2時〜4時
zoomにてオンライン 、見逃し視聴用記録動画の配信有り
■参加費:500円
当オンライン講演会に参加希望者はPeatix(https://jcjonline1130.peatix.com)で参加費をお支払いください。JCJ会員は参加費無料・先着100名で定員。
◆主催:日本ジャーナリスト会議(JCJ)
03–6272-9781(月水金の13時から17時まで) https://jcj.gr.jp/
◆JCJ会員はJCJホームページ・ユーザー登録をすることで記録動画をご覧になれます。
2024年11月21日
【焦点】奇襲から1年、ハマスの正体 政治・軍事が独自行動 民衆の6割以上が支持 川上泰徳氏オンライン講演=橋詰雅博
パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスが、イスラエルに越境攻撃して1年がたった。イスラエルは報復に出て無差別攻撃を続けており、ガザの子どもや女性の民間犠牲者は増える一方だ。
国連総会緊急特別会合は、非道なイスラエルに対しパレスチナ占領1年以内終結を求める決議を、9月18日、米国やイスラエルなど14カ国は反対したが、日本含む賛成多数で採択した。法的拘束力はないが、国際世論のイスラエル批難は一段と高まっている。
中東取材20年の元朝日新聞記者のジャーナリスト・川上泰徳氏(写真・JCJ会員)は、イスラエルと戦闘を続けるハマスの実態やガザ戦争の見通しなどを9月21日JCJオンライン講演で語った。
8月に著書『ハマスの実像』(集英社新書)を出した動機について、川上泰徳氏は「越境攻撃から1年、ハマスはどんな組織なのか、ガザの民衆は支持しているのか、何を目指しているのかなど、日本のマスメディアの報道だけではわかりません。よく分かるような本も見当たらない。そこでこれまで取材したハマス幹部らのインタビューなどをもとにハマスの実態をこの本で明らかにした」と話した。
ハマス(アラビア語で「熱情」の意味)はイスラエルへの第一次インティファーダ(民衆蜂起)が起きた1987年12月に創設。デモなど非暴力による反占領の大衆運動を指導する政治部門と、武装闘争を実行する軍事部門に分かれ、それぞれ独立している。
もちろん指導者も違うが、反占領という共通の目的に沿って独自に活動。だから政治部門幹部は「越境攻撃決行の日を知らなかったのでは」と川上氏は推測する。
慈善運動も展開
またガザのハマス系イスラム協会、イスラム・センター、サラーハ協会は、病院やコンピュータ教室の運営、食料配布、孤児支援など慈善運動を展開している。こちらも独立している。2006年1月のパレスチナ自治評議会選挙でハマスは過半数の議席を獲得し、PLO(パレスチナ解放機構)主流派のファタハに勝った。ハマスは武力闘争が主体のアルカイダやイスラム国(IS)のような「テロ組織」とは異なるようだ。
ただ米国やEUは選挙に勝利したハマスを認めず、国連も依然としてPLOをパレスチナの代表機関として認めている。こうした経緯もあってか、ハマスはパレスチナ自治政府領の飛び地ガザを、一方のファタハは同政府領のヨルダン川西岸を統治した。
2国共存が着地点
イスラエルの越境攻撃が引き金で、おびただしい民間人の死傷者が出ていても、ガザの民衆の6割以上はハマスを支持しているという。その理由を川上氏は「パレスチナの中でハマスだけがイスラエルに徹底抗戦を続けている」「民衆の多くは、イスラエルに命乞いして生き延びたとしても生きるに値しないと思っている」と語った。
第3次中東戦争後の67年国連安保理は、「西岸、ガザ、東エルサレムからイスラエルは撤退し、パレスチナ国家樹立」と「イスラエルの生存権をアラブ諸国も認める」決議を採択した。
この「2国家共存」がハマスの着地点だ。一方、イスラエルのネタニヤフ政権は、パレスチナ国家樹立を認めていない。このままではガザ戦争は終わらない。
国連総会緊急特別会合は、非道なイスラエルに対しパレスチナ占領1年以内終結を求める決議を、9月18日、米国やイスラエルなど14カ国は反対したが、日本含む賛成多数で採択した。法的拘束力はないが、国際世論のイスラエル批難は一段と高まっている。
中東取材20年の元朝日新聞記者のジャーナリスト・川上泰徳氏(写真・JCJ会員)は、イスラエルと戦闘を続けるハマスの実態やガザ戦争の見通しなどを9月21日JCJオンライン講演で語った。
8月に著書『ハマスの実像』(集英社新書)を出した動機について、川上泰徳氏は「越境攻撃から1年、ハマスはどんな組織なのか、ガザの民衆は支持しているのか、何を目指しているのかなど、日本のマスメディアの報道だけではわかりません。よく分かるような本も見当たらない。そこでこれまで取材したハマス幹部らのインタビューなどをもとにハマスの実態をこの本で明らかにした」と話した。
ハマス(アラビア語で「熱情」の意味)はイスラエルへの第一次インティファーダ(民衆蜂起)が起きた1987年12月に創設。デモなど非暴力による反占領の大衆運動を指導する政治部門と、武装闘争を実行する軍事部門に分かれ、それぞれ独立している。
もちろん指導者も違うが、反占領という共通の目的に沿って独自に活動。だから政治部門幹部は「越境攻撃決行の日を知らなかったのでは」と川上氏は推測する。
慈善運動も展開
またガザのハマス系イスラム協会、イスラム・センター、サラーハ協会は、病院やコンピュータ教室の運営、食料配布、孤児支援など慈善運動を展開している。こちらも独立している。2006年1月のパレスチナ自治評議会選挙でハマスは過半数の議席を獲得し、PLO(パレスチナ解放機構)主流派のファタハに勝った。ハマスは武力闘争が主体のアルカイダやイスラム国(IS)のような「テロ組織」とは異なるようだ。
ただ米国やEUは選挙に勝利したハマスを認めず、国連も依然としてPLOをパレスチナの代表機関として認めている。こうした経緯もあってか、ハマスはパレスチナ自治政府領の飛び地ガザを、一方のファタハは同政府領のヨルダン川西岸を統治した。
2国共存が着地点
イスラエルの越境攻撃が引き金で、おびただしい民間人の死傷者が出ていても、ガザの民衆の6割以上はハマスを支持しているという。その理由を川上氏は「パレスチナの中でハマスだけがイスラエルに徹底抗戦を続けている」「民衆の多くは、イスラエルに命乞いして生き延びたとしても生きるに値しないと思っている」と語った。
第3次中東戦争後の67年国連安保理は、「西岸、ガザ、東エルサレムからイスラエルは撤退し、パレスチナ国家樹立」と「イスラエルの生存権をアラブ諸国も認める」決議を採択した。
この「2国家共存」がハマスの着地点だ。一方、イスラエルのネタニヤフ政権は、パレスチナ国家樹立を認めていない。このままではガザ戦争は終わらない。
2024年11月18日
【出版界の動き】11月:トランプの「トリプルレッド」が招く不安
◆<トランプ勝利>で影響力が低下する米国大手メディアの苦悩
今回の大統領選挙で、トランプが「トリプルレッド」を手にした背景には、戦いの場を新たなメディアの戦場に移したからだとも言われている。ポッドキャスト(Podcast)やゲーム配信、サブスタック(Substacks)やティックトック(TikTok)などでのニュース配信や討論も含め、活用メディアが多様化し、新たな情報環境を作り出している。
選挙報道などでは、これまで主流だった新聞やテレビなどの大手メディアが、試練に立たされている。米国の成人の14%がティックトックから定期的にニュースを入手。18〜29歳の若年層に限れば、2023年には32%(2020年9%)へと跳ね上がっている。
こうした新メディアの多くは選挙期間中に、視聴者に向けて自信に満ちた解説をし、候補者への支持をバックアップするなど、従来にない役割りを果たした。その一方、一部の主流メディアは、どの候補者を支持するか、社説や論調をどうするか、内部での混乱や対立や苦悩が顕在化し、改めてジャーナリズムの誠実性や経営陣と現場の自主性をめぐる論争が巻き起っている。
◆驚くべきトランプ政権の閣僚人事─イーロン・マスク氏の狙い
来年1月から発足する第2次トランプ政権の閣僚人事が、次々に公表されている。わかっただけでも、その驚くべき経歴のメンバーが登用されている。まさにトランプ独裁・お気に入りの私的人事そのものだ。
典型がイーロン・マスク氏。「政府効率化省」トップに就く。大統領選では自らが所有するX(旧ツイッター)で約2億人のフォロワーに向け、連日トランプ氏への支持を訴え、巨額の政治献金までしている。彼は米電気自動車大手テスラ、米宇宙企業スペースXなどを経営する世界有数の起業家。
おそらく彼は自社の業績・利潤の拡大に向け、政府と一体となって、辣腕を振るうだろう。ブラジルや英国、カナダなど世界からXへの批判や規制・停止の動きが強まっているだけに、まずは「効率化」をタテに米国内のXからの撤退・批判封じの画策に手をつけるだろう。
そのためにはヘイトニュースの意識的な拡散、メディアの再編、さらには「言論・表現・出版の自由」にまで介入する危険は大いにある。米国だけではない、世界に波及しかねない。楽観は決して許されない。
◆10月期の書店・店頭売上げ96.0%(前年10月比)
10月期は、雑誌部門で週刊誌が前年超えとなり、特にゲーム実況者のキヨが表紙を飾る週刊誌「anan (アンアン)」(マガジンハウス・2024 年10月9日号)が、<ときめきカルチャー2024>と題した特集が好評で、雑誌全体の売上げを牽引し、前年10月比98.5%となった。雑誌の落ち込みを防ぐ結果となった。
書籍は前年10月比97.2%、総記・ビジネス書が前年超えし、ビジネス書では安藤広大『パーフェクトな意思決定』(ダイヤモンド社 9/25刊)などが好調。コミックは、芥見下々「呪術廻戦28」(ジャンプコミックス)など、人気作品の新刊が売上げを伸ばしたが、前年には及ばない結果となった。
◆地元の図書館でも本が買える?「販売窓口」設置へ
全国的に書店が減少し、店舗がない自治体もある中、図書館で本を販売する実証実験が来年から始まる。図書館の利便性を向上させ、地域の人が本に親しむ機会を増やすことが狙い。実証実験は、各地で図書館サービスを手がける図書館流通センター(TRC)と出版取次大手の日本出版販売(日販)が、複数の図書館で行う。
図書館の貸出窓口とは別に、購入用の窓口を設ける。販売用の書籍を用意したり、図書館で読んで気に入った本を注文できたりする仕組みを整え、インターネット通販を利用しにくい児童生徒や高齢者が手軽に本を購入できるようにする。
◆小学館から文芸誌「GOAT」(月刊)が創刊・11/27発売
電子書籍・デジタル化の時代に、あえて紙の文芸誌「GOAT」を刊行! 紙を愛してやまない《ヤギ》にちなんで誌名をGOATとし、<Greatest Of All Time(=史上最高の)>文芸誌を目指す。ジャンルや国境を越えて素晴らしい執筆陣が結集。
小説、詩、短歌、エッセイ、哲学……など充実したコンテンツに加え、第1号の特集「愛」をテーマに、作家の小池真理子さんと俳優の東出昌大さんの対談も。さらに「愛と再生」をテーマに気鋭の詩人・作家6名が詩を書くスペシャル企画に、最果タヒさんの参加も決定。用紙は米のもみ殻を再利用して作ったサステナブルな紙を使用している。
◆朝日出版社の買収を巡る不可解な動きと労組結成
東京・九段下にある朝日出版社で、不可解な買収騒動が起きている。これまで大学向けの教科書や書籍を刊行し実績を上げてきた。その創業者の会長・原雅久氏が昨年4月に死亡。遺族(2名)が創業者100%保有の株を相続。今年の5月、合同会社戸田事務所が買収の意向を示し、現社長に遺族からの株式譲渡と買収金額などを提示。
だが当時の取締役会は全員一致で、この買収の不透明さや低い金額などを理由に、株式譲渡に反対。従業員も反対の意思を会社側に伝え、労働組合を結成し出版労連に加盟した。ところが9月に入って取締役6名全員の解任。労働組合も新たな経営役員に団交を再三申し入れているがナシのつぶて。
しかもいつの間にか「朝日出版社HD」という会社が、朝日出版社と同じ住所で新規に設立登記されていたのだ。今後の動きがどうなるか、予断を許さない緊迫した状況が続く。
今回の大統領選挙で、トランプが「トリプルレッド」を手にした背景には、戦いの場を新たなメディアの戦場に移したからだとも言われている。ポッドキャスト(Podcast)やゲーム配信、サブスタック(Substacks)やティックトック(TikTok)などでのニュース配信や討論も含め、活用メディアが多様化し、新たな情報環境を作り出している。
選挙報道などでは、これまで主流だった新聞やテレビなどの大手メディアが、試練に立たされている。米国の成人の14%がティックトックから定期的にニュースを入手。18〜29歳の若年層に限れば、2023年には32%(2020年9%)へと跳ね上がっている。
こうした新メディアの多くは選挙期間中に、視聴者に向けて自信に満ちた解説をし、候補者への支持をバックアップするなど、従来にない役割りを果たした。その一方、一部の主流メディアは、どの候補者を支持するか、社説や論調をどうするか、内部での混乱や対立や苦悩が顕在化し、改めてジャーナリズムの誠実性や経営陣と現場の自主性をめぐる論争が巻き起っている。
◆驚くべきトランプ政権の閣僚人事─イーロン・マスク氏の狙い
来年1月から発足する第2次トランプ政権の閣僚人事が、次々に公表されている。わかっただけでも、その驚くべき経歴のメンバーが登用されている。まさにトランプ独裁・お気に入りの私的人事そのものだ。
典型がイーロン・マスク氏。「政府効率化省」トップに就く。大統領選では自らが所有するX(旧ツイッター)で約2億人のフォロワーに向け、連日トランプ氏への支持を訴え、巨額の政治献金までしている。彼は米電気自動車大手テスラ、米宇宙企業スペースXなどを経営する世界有数の起業家。
おそらく彼は自社の業績・利潤の拡大に向け、政府と一体となって、辣腕を振るうだろう。ブラジルや英国、カナダなど世界からXへの批判や規制・停止の動きが強まっているだけに、まずは「効率化」をタテに米国内のXからの撤退・批判封じの画策に手をつけるだろう。
そのためにはヘイトニュースの意識的な拡散、メディアの再編、さらには「言論・表現・出版の自由」にまで介入する危険は大いにある。米国だけではない、世界に波及しかねない。楽観は決して許されない。
◆10月期の書店・店頭売上げ96.0%(前年10月比)
10月期は、雑誌部門で週刊誌が前年超えとなり、特にゲーム実況者のキヨが表紙を飾る週刊誌「anan (アンアン)」(マガジンハウス・2024 年10月9日号)が、<ときめきカルチャー2024>と題した特集が好評で、雑誌全体の売上げを牽引し、前年10月比98.5%となった。雑誌の落ち込みを防ぐ結果となった。
書籍は前年10月比97.2%、総記・ビジネス書が前年超えし、ビジネス書では安藤広大『パーフェクトな意思決定』(ダイヤモンド社 9/25刊)などが好調。コミックは、芥見下々「呪術廻戦28」(ジャンプコミックス)など、人気作品の新刊が売上げを伸ばしたが、前年には及ばない結果となった。
◆地元の図書館でも本が買える?「販売窓口」設置へ
全国的に書店が減少し、店舗がない自治体もある中、図書館で本を販売する実証実験が来年から始まる。図書館の利便性を向上させ、地域の人が本に親しむ機会を増やすことが狙い。実証実験は、各地で図書館サービスを手がける図書館流通センター(TRC)と出版取次大手の日本出版販売(日販)が、複数の図書館で行う。
図書館の貸出窓口とは別に、購入用の窓口を設ける。販売用の書籍を用意したり、図書館で読んで気に入った本を注文できたりする仕組みを整え、インターネット通販を利用しにくい児童生徒や高齢者が手軽に本を購入できるようにする。
◆小学館から文芸誌「GOAT」(月刊)が創刊・11/27発売
電子書籍・デジタル化の時代に、あえて紙の文芸誌「GOAT」を刊行! 紙を愛してやまない《ヤギ》にちなんで誌名をGOATとし、<Greatest Of All Time(=史上最高の)>文芸誌を目指す。ジャンルや国境を越えて素晴らしい執筆陣が結集。
小説、詩、短歌、エッセイ、哲学……など充実したコンテンツに加え、第1号の特集「愛」をテーマに、作家の小池真理子さんと俳優の東出昌大さんの対談も。さらに「愛と再生」をテーマに気鋭の詩人・作家6名が詩を書くスペシャル企画に、最果タヒさんの参加も決定。用紙は米のもみ殻を再利用して作ったサステナブルな紙を使用している。
◆朝日出版社の買収を巡る不可解な動きと労組結成
東京・九段下にある朝日出版社で、不可解な買収騒動が起きている。これまで大学向けの教科書や書籍を刊行し実績を上げてきた。その創業者の会長・原雅久氏が昨年4月に死亡。遺族(2名)が創業者100%保有の株を相続。今年の5月、合同会社戸田事務所が買収の意向を示し、現社長に遺族からの株式譲渡と買収金額などを提示。
だが当時の取締役会は全員一致で、この買収の不透明さや低い金額などを理由に、株式譲渡に反対。従業員も反対の意思を会社側に伝え、労働組合を結成し出版労連に加盟した。ところが9月に入って取締役6名全員の解任。労働組合も新たな経営役員に団交を再三申し入れているがナシのつぶて。
しかもいつの間にか「朝日出版社HD」という会社が、朝日出版社と同じ住所で新規に設立登記されていたのだ。今後の動きがどうなるか、予断を許さない緊迫した状況が続く。
2024年11月14日
【おすすめ本】 高野真吾『カジノ列島ニッポン』―「IRの真の姿」と危うさとギャンブル大国の未来に警鐘=栩木誠(元日本経済新聞編集委員)
「カジノ開業ほぼ確実に大阪IR運営事業者、解除権破棄へ調整」(「毎日新聞」9月7日付)
不評が渦巻き、開催反対の声が高まる一方の大阪万博の陰に隠れるかのように、2030年秋の開業に向け、着々と準備が進められている大阪IR(統合型リゾート)の大きな動きが、こう報じられた。万博と同様、世論の強い反対を無視しての強行策だが、カジノ問題の実態の解明を試みた、本書は時宜を得た1冊である。
闇カジノで足をすくわれた友人の存在が、「カジノ取材の原点」とする著者の取材は、大阪市をはじめ市民の力で撤退した横浜市、不認定の長崎市、アジアの代表的IRのシンガポール、マカオなど内外各地に及ぶ。
豊富な取材を通じて、描き出そうとしたのが、一般にはあまり知られていない「IRの真の姿」。そして、「ギャンブル依存症の日本人がこれから大量に生み出され」ようとしている、「ギャンブル大国」日本の現実だ。
ただ、大阪市や横浜市などで、当事者の生の声を丁寧に聞き取り、紹介することに重きを置いているためか、カジノ問題への本質的な切込みには、やや弱さを感じる。その中でも、着目すべきは、未だ消えぬ「東京カジノ構想」の1章である。
小池都政の下、いくつかの「カジノ予定地」が構想されるなど、都民に直接目に触れない水面下で、“東京IR”の動きが、うごめいているのである。構想の現場を歩き、関係者や反対運動の市民らから丹念に取材した著者のレポートは、大阪が決して「対岸の火事」でないことを実感させる。(集英社新書1100円)
不評が渦巻き、開催反対の声が高まる一方の大阪万博の陰に隠れるかのように、2030年秋の開業に向け、着々と準備が進められている大阪IR(統合型リゾート)の大きな動きが、こう報じられた。万博と同様、世論の強い反対を無視しての強行策だが、カジノ問題の実態の解明を試みた、本書は時宜を得た1冊である。
闇カジノで足をすくわれた友人の存在が、「カジノ取材の原点」とする著者の取材は、大阪市をはじめ市民の力で撤退した横浜市、不認定の長崎市、アジアの代表的IRのシンガポール、マカオなど内外各地に及ぶ。
豊富な取材を通じて、描き出そうとしたのが、一般にはあまり知られていない「IRの真の姿」。そして、「ギャンブル依存症の日本人がこれから大量に生み出され」ようとしている、「ギャンブル大国」日本の現実だ。
ただ、大阪市や横浜市などで、当事者の生の声を丁寧に聞き取り、紹介することに重きを置いているためか、カジノ問題への本質的な切込みには、やや弱さを感じる。その中でも、着目すべきは、未だ消えぬ「東京カジノ構想」の1章である。
小池都政の下、いくつかの「カジノ予定地」が構想されるなど、都民に直接目に触れない水面下で、“東京IR”の動きが、うごめいているのである。構想の現場を歩き、関係者や反対運動の市民らから丹念に取材した著者のレポートは、大阪が決して「対岸の火事」でないことを実感させる。(集英社新書1100円)
2024年11月11日
【トピックス】続く不祥事と「騒動」そして医学出版の顕彰
◆KADOKAWAと子会社 下請け業者ヘ「買いたたき」か 公取委が勧告へ
公正取引委員会は、東証プライム上場の出版社「KADOKAWA」とその子会社「KADOKAWA LifeDesign」に対し、下請け業者へ「買いたたき」をしたとして、再発防止を求める勧告を出す。
両社は2023年1月、子会社が発行する生活雑誌「レタスクラブ」(月刊)の記事作成や写真撮影に際し、業務を委託する20以上の下請け業者、すなわち雑誌の制作に関わるライターやカメラマンなどに対し、2024年4月号に掲載する分から原稿料や撮影料を引き下げる通告を行った。
下請け業者の多くはフリーランスで、取引条件の変更に関して事前の協議はなく、契約の打ち切りで仕事を失う心配から受け入れざるを得なくなっていた。引き下げ率は最大で50〜60%に達したという。本来受け取れるはずの報酬総額は600万円を超えるとみられる。
公正取引委員会は、下請法による勧告案を提出し、会社側がどう対応をするか見極め、最終的な処分を決めるとしている。
フリーランスをめぐっては働く人を保護するため、この11月1日、業務を委託した企業などに対して、報酬の減額の禁止やハラスメント対策を義務づける「フリーランス取引適正化法」が施行され、公正取引委員会は対応を強化している。これを見越して、早めに「買いたたき」をしていたとしたら、その責任は重い。
「KADOKAWA」はホームページで、「公正取引委員会による調査を受けていることは事実であり、真摯に対応しております。今後、開示すべき事項が生じた場合は速やかにお知らせしてまいります」とするコメントを出した。
◆東洋経済新報社の社長“電撃退任”を巡る騒動
東洋経済新報社は10月30日、田北浩章社長の“電撃退任”を発表。社長に就いて僅か2年。12月23日の定時株主総会で退任(会長に就任予定)し、新しく山田徹也取締役が社長に昇格する。同社は1895年に創立し、石橋湛山が主幹を務めたことでも知られ、「週刊東洋経済」「会社四季報」などを発行する老舗の出版社。そこで何が起きていたのか。
さっそく「週刊文春」が急転直下の人事が決定した詳細と社員向けの第1回説明会での紛糾や混乱ぶりを報じた。続いて「週刊新潮」も追いかけて記事にしている。
東洋経済の取締役は5人。10月30日の取締役会で3人が社長退任を支持。まさに2年で社長を引きずり下ろすクーデターといわれる事態となった。2日後の11月1日の正午から行われた社員説明会でも、再度6日の説明会でも社員の納得は得られていないとの疑問がくすぶっている。
東洋経済新報社のホームページでは、「一部週刊誌での弊社取締役選任議案の報道について」と題し、「選任議案の内容についてさまざまな観点から議論を行い、取締役会議長である田北の議事進行のもと、取締役の山田徹也を次の代表取締役社長とする選任議案を議決しております」と説明し、「クーデター」という表現には強い違和感を持っていると表明している。
◆日本医学ジャーナリスト協会賞に出版2作品が選出
医療分野の優れた報道・出版を表彰する2024年度の「日本医学ジャーナリスト協会賞」が決まった。同賞は、医療の報道に携わる記者や学識者らで作るNPO法人日本医学ジャーナリスト協会が、2012年に創設した日本で唯一の顕彰である。
大賞に「<移植見送り問題>を巡る一連の報道」(読売新聞東京本社臓器受け入れ断念取対象材班)を選定。出版分野からは優秀賞として、高岡滋『水俣病と医学の責任―隠されてきたメチル水銀中毒症の真実』(大月書店)、鈴木雅人+松村和彦『認知症700万人時代―ともに生きる社会へ』(かもがわ出版)が選ばれた。
『水俣病と医学の責任』の著者・高岡滋さんは36年間、水俣病を臨床の第一線で診療し続けて来た医者。水俣病がメチル水銀中毒によるものであり、脳の神経細胞を溶解していくことが水俣病の病態に影響している事実を明らかにした。
また研究者が行政に組み込まれ、研究を放棄していく経緯を克明に記述している。水俣病に対する「歴代の不作為」を、綿密に証拠を集め医学的に立証している。
『認知症700万人時代』は、京都新聞に連載された記事を加筆して書籍化した。<認知症は病ではない>とのテーマを掲げ、認知症の妻の介護や自らの認知症の症状に向き合うリアルな姿を追う。ヘルパーや看護師、人と家族の声や経験から、誰もが安心して暮らせる社会への道筋を探る。
公正取引委員会は、東証プライム上場の出版社「KADOKAWA」とその子会社「KADOKAWA LifeDesign」に対し、下請け業者へ「買いたたき」をしたとして、再発防止を求める勧告を出す。
両社は2023年1月、子会社が発行する生活雑誌「レタスクラブ」(月刊)の記事作成や写真撮影に際し、業務を委託する20以上の下請け業者、すなわち雑誌の制作に関わるライターやカメラマンなどに対し、2024年4月号に掲載する分から原稿料や撮影料を引き下げる通告を行った。
下請け業者の多くはフリーランスで、取引条件の変更に関して事前の協議はなく、契約の打ち切りで仕事を失う心配から受け入れざるを得なくなっていた。引き下げ率は最大で50〜60%に達したという。本来受け取れるはずの報酬総額は600万円を超えるとみられる。
公正取引委員会は、下請法による勧告案を提出し、会社側がどう対応をするか見極め、最終的な処分を決めるとしている。
フリーランスをめぐっては働く人を保護するため、この11月1日、業務を委託した企業などに対して、報酬の減額の禁止やハラスメント対策を義務づける「フリーランス取引適正化法」が施行され、公正取引委員会は対応を強化している。これを見越して、早めに「買いたたき」をしていたとしたら、その責任は重い。
「KADOKAWA」はホームページで、「公正取引委員会による調査を受けていることは事実であり、真摯に対応しております。今後、開示すべき事項が生じた場合は速やかにお知らせしてまいります」とするコメントを出した。
◆東洋経済新報社の社長“電撃退任”を巡る騒動
東洋経済新報社は10月30日、田北浩章社長の“電撃退任”を発表。社長に就いて僅か2年。12月23日の定時株主総会で退任(会長に就任予定)し、新しく山田徹也取締役が社長に昇格する。同社は1895年に創立し、石橋湛山が主幹を務めたことでも知られ、「週刊東洋経済」「会社四季報」などを発行する老舗の出版社。そこで何が起きていたのか。
さっそく「週刊文春」が急転直下の人事が決定した詳細と社員向けの第1回説明会での紛糾や混乱ぶりを報じた。続いて「週刊新潮」も追いかけて記事にしている。
東洋経済の取締役は5人。10月30日の取締役会で3人が社長退任を支持。まさに2年で社長を引きずり下ろすクーデターといわれる事態となった。2日後の11月1日の正午から行われた社員説明会でも、再度6日の説明会でも社員の納得は得られていないとの疑問がくすぶっている。
東洋経済新報社のホームページでは、「一部週刊誌での弊社取締役選任議案の報道について」と題し、「選任議案の内容についてさまざまな観点から議論を行い、取締役会議長である田北の議事進行のもと、取締役の山田徹也を次の代表取締役社長とする選任議案を議決しております」と説明し、「クーデター」という表現には強い違和感を持っていると表明している。
◆日本医学ジャーナリスト協会賞に出版2作品が選出
医療分野の優れた報道・出版を表彰する2024年度の「日本医学ジャーナリスト協会賞」が決まった。同賞は、医療の報道に携わる記者や学識者らで作るNPO法人日本医学ジャーナリスト協会が、2012年に創設した日本で唯一の顕彰である。
大賞に「<移植見送り問題>を巡る一連の報道」(読売新聞東京本社臓器受け入れ断念取対象材班)を選定。出版分野からは優秀賞として、高岡滋『水俣病と医学の責任―隠されてきたメチル水銀中毒症の真実』(大月書店)、鈴木雅人+松村和彦『認知症700万人時代―ともに生きる社会へ』(かもがわ出版)が選ばれた。
『水俣病と医学の責任』の著者・高岡滋さんは36年間、水俣病を臨床の第一線で診療し続けて来た医者。水俣病がメチル水銀中毒によるものであり、脳の神経細胞を溶解していくことが水俣病の病態に影響している事実を明らかにした。
また研究者が行政に組み込まれ、研究を放棄していく経緯を克明に記述している。水俣病に対する「歴代の不作為」を、綿密に証拠を集め医学的に立証している。
『認知症700万人時代』は、京都新聞に連載された記事を加筆して書籍化した。<認知症は病ではない>とのテーマを掲げ、認知症の妻の介護や自らの認知症の症状に向き合うリアルな姿を追う。ヘルパーや看護師、人と家族の声や経験から、誰もが安心して暮らせる社会への道筋を探る。
2024年11月07日
【Bookガイド】11月に出る“推し本”紹介=萩山 拓(ライター)
ノンフィクション・ジャンルからチョイスした気になる本の紹介です(刊行順・販価は税別)。
◆藤原 聡『姉と弟─捏造の闇「袴田事件」の58年』岩波書店 11/8刊 2000円
袴田巖が真の自由の身になる時がきた。無実の弟を支えた姉とのエピソードを軸に、警察の「捏造」、死刑判決を出した裁判所の内側など、世紀の冤罪事件の全貌に迫る。寡黙な元ボクサーを精神の破綻に追い込んだ責任はどこにあるのか。献身的に支え続けた姉ひで子と弟の人生を重ね合わせながら、世紀の冤罪事件の全貌に迫る。共同通信社編集委員の著者が執筆し、全国の新聞社に配信された連載記事を加筆して刊行。
◆織田 忍『山谷をめぐる旅』新評論 11/11刊 2400円
日雇い労働者の街・東京「山谷」。だが1966年に「山谷」の名が消され、今は地図にもない。ドヤは一気にマンションへと建て替えられ、ここ数年で風景が一変した。その間、訪問看護師として働きながら、この街の「生と死」を見つめ続けてきた著者が、詳細に綴る同時代記録。移り変わる街の歴史とありのままの現在、生きづらさや孤独感でつながるこの街で生活してきた人々の、闘いと願いが鮮やかに描かれる。写真約120点収録。
◆岸本聡子『杉並は止まらない』地平社 11/12刊 1600円
全国から注目を集める東京・杉並区長・岸本聡子。<民主主義をアップデートする>をスローガンに、住民自治の再生、市場原理主義に対抗する公共サービスの拡充に向け、さまざまな壁にぶつかりながらも、住民と一緒に前進してきた2年間の闘いを報告。著者は20代で渡欧しアムステルダムを本拠地とする政策シンクタンク「トランスナショナル研究所」で研さん。2022年6月の杉並区長選挙で現職を破り初の女性区長となる。
◆安間繁樹『秘境探検─西表島踏破行』あっぷる出版社 11/18刊 2500円
沖縄県・西表島に関ること60年。初めての西表島は1965年7月、20歳。島の自然に魅せられ、その後も琉球列島の生物研究に没頭してきた。特にイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた業績は高く評価されている。島の自然と文化を観察し続ける動物学者が、西表島の山、川、海。その全てを歩きつくして纏めた貴重な記録。詳細な行動地図や1965年以降の写真など、豊富な資料も収録。
◆小柴一良『水俣物語─MINAMATA STORY 1971〜2024』弦書房 11/20刊 3000円
1971年に大阪で開かれたチッソ株主総会の混乱現場を撮影したことを契機に、水俣現地で暮らし、生活者の視点で水俣を50年余にわたって撮り続けてきた写真家が、水俣の海や山、街と暮らしを収録。ここに収めた251点の写真は、水俣と水俣病の実相を映し取った重要な記録である。「近代」が犠牲を強いた人間の生と死に、様々な姿があることを教えてくれる。現在、一般社団法人「水俣・写真家の眼」理事
◆若竹千佐子『台所で考えた』河出書房新社 11/25刊 1450円
『おらおらでひとりいぐも』で芥川賞を受賞した著者の初エッセイ集。夫を亡くし63歳で主婦から作家に。その間、書いて考えて辿りついた台所目線の滋味あふれる文章が新鮮だ。身近な人の死、孤独と自由、新しい老い、自分を知る楽しさ、家族の形、ひとりで生きること、みんなで生きること――台所からだって世の中は見える、そう嘘ぶいて何とか心の均衡をとってきた、著者の心情が胸に迫る。
◆藤原 聡『姉と弟─捏造の闇「袴田事件」の58年』岩波書店 11/8刊 2000円
袴田巖が真の自由の身になる時がきた。無実の弟を支えた姉とのエピソードを軸に、警察の「捏造」、死刑判決を出した裁判所の内側など、世紀の冤罪事件の全貌に迫る。寡黙な元ボクサーを精神の破綻に追い込んだ責任はどこにあるのか。献身的に支え続けた姉ひで子と弟の人生を重ね合わせながら、世紀の冤罪事件の全貌に迫る。共同通信社編集委員の著者が執筆し、全国の新聞社に配信された連載記事を加筆して刊行。
◆織田 忍『山谷をめぐる旅』新評論 11/11刊 2400円
日雇い労働者の街・東京「山谷」。だが1966年に「山谷」の名が消され、今は地図にもない。ドヤは一気にマンションへと建て替えられ、ここ数年で風景が一変した。その間、訪問看護師として働きながら、この街の「生と死」を見つめ続けてきた著者が、詳細に綴る同時代記録。移り変わる街の歴史とありのままの現在、生きづらさや孤独感でつながるこの街で生活してきた人々の、闘いと願いが鮮やかに描かれる。写真約120点収録。
◆岸本聡子『杉並は止まらない』地平社 11/12刊 1600円
全国から注目を集める東京・杉並区長・岸本聡子。<民主主義をアップデートする>をスローガンに、住民自治の再生、市場原理主義に対抗する公共サービスの拡充に向け、さまざまな壁にぶつかりながらも、住民と一緒に前進してきた2年間の闘いを報告。著者は20代で渡欧しアムステルダムを本拠地とする政策シンクタンク「トランスナショナル研究所」で研さん。2022年6月の杉並区長選挙で現職を破り初の女性区長となる。
◆安間繁樹『秘境探検─西表島踏破行』あっぷる出版社 11/18刊 2500円
沖縄県・西表島に関ること60年。初めての西表島は1965年7月、20歳。島の自然に魅せられ、その後も琉球列島の生物研究に没頭してきた。特にイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた業績は高く評価されている。島の自然と文化を観察し続ける動物学者が、西表島の山、川、海。その全てを歩きつくして纏めた貴重な記録。詳細な行動地図や1965年以降の写真など、豊富な資料も収録。
◆小柴一良『水俣物語─MINAMATA STORY 1971〜2024』弦書房 11/20刊 3000円
1971年に大阪で開かれたチッソ株主総会の混乱現場を撮影したことを契機に、水俣現地で暮らし、生活者の視点で水俣を50年余にわたって撮り続けてきた写真家が、水俣の海や山、街と暮らしを収録。ここに収めた251点の写真は、水俣と水俣病の実相を映し取った重要な記録である。「近代」が犠牲を強いた人間の生と死に、様々な姿があることを教えてくれる。現在、一般社団法人「水俣・写真家の眼」理事
◆若竹千佐子『台所で考えた』河出書房新社 11/25刊 1450円
『おらおらでひとりいぐも』で芥川賞を受賞した著者の初エッセイ集。夫を亡くし63歳で主婦から作家に。その間、書いて考えて辿りついた台所目線の滋味あふれる文章が新鮮だ。身近な人の死、孤独と自由、新しい老い、自分を知る楽しさ、家族の形、ひとりで生きること、みんなで生きること――台所からだって世の中は見える、そう嘘ぶいて何とか心の均衡をとってきた、著者の心情が胸に迫る。
2024年11月04日
【リレー時評】なぜ罪に問われない検察の「証拠捏造」=白垣詔男(JCJ代表委員)
袴田巌さんが58年ぶりに「自由の身」になった。これまで、彼を「不自由な境遇」に追いやっていたのは「司法」のほか、マスコミにも大きな責任がある。深く反省しなければならない。
私も記者時代、警察・司法を担当したことがあるので、袴田さんの逮捕、死刑判決の過程を取材していたら同じ過ちをしていただろう。「犯罪情報」は、捜査当局が一手に握っており、自ら捜査しない記者は、その情報を信じないわけにはいかない。その際、その捜査が誤りかどうかを疑うことは、なかなかできないものだ。
しかも、かつては、「容疑者」段階では呼び捨てで、「容疑者は真犯人」という世論形成に大きな役割を果たし、それが、裁判段階で裁判官の心証に与える影響も多かれ少なかれあっただろう。
「袴田事件」は、まさにそうした「愚」の連続で、無罪の人間に対する死刑判決から長期収監につながったのだと確信している。
以上のような点を、今回、袴田さんが無罪確定した段階で、新聞各社は「反省と謝罪の弁」を大きく掲載した。西日本新聞は、「袴田事件」の記事はすべて共同通信からの配信を使っていた(一部は提携紙の中日新聞の記事を使ったか)ので、共同通信の「お詫び・反省」を前書き付きで目立つように載せた。
ところで、今回、「袴田事件」の静岡地裁判決(国井恒志=こうし=裁判長)は検察の「証拠捏造」を認めた。検察に対する「誤認捜査」を痛烈に批判した。
こうした場合、証拠を捏造した検察の行為は「犯罪」ではないのか。「袴田さん無罪」の判決理由の大きな柱として「証拠捏造」報道を知ったとき、私はまず、そのことを考えた。捜査当局以外の人が「証拠隠滅」した場合は「証拠隠滅等罪」が適用されて逮捕される。これは検察当局には適用されないのだろうか。
初の女性検事総長になった畝本直美さんは、発表された談話で「『捏造』断定には大きな疑念と不満がある」と。「袴田事件捜査」について、今後、改めて検証するとも表明した。
この談話は「何を今ごろ検証するのか」と批判したくなる。そのうえで、再審決定から初公判までの長い時間を考え、なぜ司法関係の時間は、こんなに長く掛かるのかという疑問も、いつものように抱いた。もっと迅速に裁判が進まないものだろうか。
今回の「袴田裁判」に関連して、司法改革が叫ばれているが、それがいつ動き出すのか、見通しはない。国民の疑念が多い司法が「国民本位」に改革されることを強く望む。それを「聖域」にしてはならない。
また、これを機に「死刑廃止」についての議論が国民世論になるように願う。先進国で死刑があるのは日本だけという「惨状」にもメスが入ればと強く希望する。
私も記者時代、警察・司法を担当したことがあるので、袴田さんの逮捕、死刑判決の過程を取材していたら同じ過ちをしていただろう。「犯罪情報」は、捜査当局が一手に握っており、自ら捜査しない記者は、その情報を信じないわけにはいかない。その際、その捜査が誤りかどうかを疑うことは、なかなかできないものだ。
しかも、かつては、「容疑者」段階では呼び捨てで、「容疑者は真犯人」という世論形成に大きな役割を果たし、それが、裁判段階で裁判官の心証に与える影響も多かれ少なかれあっただろう。
「袴田事件」は、まさにそうした「愚」の連続で、無罪の人間に対する死刑判決から長期収監につながったのだと確信している。
以上のような点を、今回、袴田さんが無罪確定した段階で、新聞各社は「反省と謝罪の弁」を大きく掲載した。西日本新聞は、「袴田事件」の記事はすべて共同通信からの配信を使っていた(一部は提携紙の中日新聞の記事を使ったか)ので、共同通信の「お詫び・反省」を前書き付きで目立つように載せた。
ところで、今回、「袴田事件」の静岡地裁判決(国井恒志=こうし=裁判長)は検察の「証拠捏造」を認めた。検察に対する「誤認捜査」を痛烈に批判した。
こうした場合、証拠を捏造した検察の行為は「犯罪」ではないのか。「袴田さん無罪」の判決理由の大きな柱として「証拠捏造」報道を知ったとき、私はまず、そのことを考えた。捜査当局以外の人が「証拠隠滅」した場合は「証拠隠滅等罪」が適用されて逮捕される。これは検察当局には適用されないのだろうか。
初の女性検事総長になった畝本直美さんは、発表された談話で「『捏造』断定には大きな疑念と不満がある」と。「袴田事件捜査」について、今後、改めて検証するとも表明した。
この談話は「何を今ごろ検証するのか」と批判したくなる。そのうえで、再審決定から初公判までの長い時間を考え、なぜ司法関係の時間は、こんなに長く掛かるのかという疑問も、いつものように抱いた。もっと迅速に裁判が進まないものだろうか。
今回の「袴田裁判」に関連して、司法改革が叫ばれているが、それがいつ動き出すのか、見通しはない。国民の疑念が多い司法が「国民本位」に改革されることを強く望む。それを「聖域」にしてはならない。
また、これを機に「死刑廃止」についての議論が国民世論になるように願う。先進国で死刑があるのは日本だけという「惨状」にもメスが入ればと強く希望する。