2024年08月01日

【おすすめ本】東海林 智『ルポ 低賃金』─労働の現場を歩き、生活に苦しむ実態を炙りだす=北 健一(ジャーナリスト)

 特殊詐欺事件で「受け子」(被害者宅に出向いてキャッシュカードや現金を受け取る役)をしていた21歳の女性が逮捕された。
 新聞社のデスクだった著者は、違和感を抱く。 派遣労働者だった若い女性がなぜ? ここから始まる取材が、低賃金の現場を徹底して踏査した本書の第1章「特殊詐欺の冬の花」に結実した。
 取材はシェアハウス、アマゾン配達、非正規公務員、農家にも及ぶ。

 「一つ歯車が狂うと、全てが回らなくなる」「普通に働いて普通に暮らすことがなんでこんなに大変なのか」
 普通の暮らしをつかめずに苦しむ当事者たちの言葉が、雇用社会の課題を炙り出す。
 マスコミやSNSには「為政者目線」「経営者目線」からの評論があふれているが、著者はその対極に立つ。いつも現場を歩き、時に泣きながら耳を澄ませるからこそ、ここまで深く細やかな話が聴けるのだろう。
 深刻な事実を描きながら読後、温かな気持ちになれるのは、当事者と著者が共感で結ばれているゆえだろうか。非正規春闘をはじめ、根源にある低賃金を打破するために動く人々も活写し、行間から光が差すようだ。

 著者は、日経連が1995年、雇用ポートフォリオを打ち出した「新時代の『日本的経営』」を「賃金が上がらない国」になった元凶と見定め、反撃の狼煙をあげるという(『週刊東洋経済』著者インタビュー)。
 著者は「最後の労働記者」と呼ばれる。尊称とわかりつつ、「最後にしてはいけない」と思う。弱き者に寄り添い、働くものが声をあげることを励まし、希望に続く道を探す仕事は、まだまだ必要なのだから。(地平社1800円)
ルポ低賃金.jpg
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2024年07月29日

【トピックス】2024年上半期:紙の出版物売り上げ前年同期比5.0%減!電子出版は6.1%増!

3期連続の売り上げ減
 出版科学研究所の発表によれば、2024年上半期(1〜6月期)の出版市場(紙+電子)は、前年同期比1.5%減の7902億円となった。紙の出版物(書籍・雑誌)の推定販売金額は5205億円(同5.0%減)、3期連続の減少となった。書籍は3179億円(同3.2減)、雑誌は2025億円(同7.8%減)。とりわけ週刊誌の落ち込みは激しく317億円(同11.5%減)。
 電子出版物は2697億円で6.1%増となった。電子コミック2419億円(同6.5%増)、電子書籍(文字ものなど)234億円(同2.2%増)、電子雑誌44億円(同4.8%増)。電子コミックは縦スクロール化により堅実な伸びを示している。

電子出版物への需要は衰えず
 電子出版物の市場規模を概観してみると、昨(2023)年度・1年間の売り上げは6449億円(前年比7.0%増)となっている。その内訳は電子コミックが5647億円(同8.6%増)、電子書籍・文字ものなど(文芸書・実用書など)が593億円(同1.3%減)、電子雑誌が209億円(同7.5%減)。
 しかし、コロナ席捲による電子出版への急激な需要が喚起された、2年半前の2ケタ台の伸びは確保できず、2年連続で一ケタ台の増加率となっている。加えて昨年5月に新型コロナウイルス感染症が5類に移行し、人々の余暇の過ごし方が多様化するなか、コロナ禍以降の特需は完全になくなったとみてよい。
 とはいえ電子出版物、なかでも電子コミックの需要は衰えず、2028年度には伸び率24%増の8000億円まで成長するといわれている。
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2024年07月25日

【焦点】子どもの万博動員≠ウらに拍車、大阪で無料の専用列車も 夢洲は依然ガス爆発の危険性あり=橋詰雅博

 来年4月に開幕予定の大阪・関西万博では、大阪府・市は万博へ学校単位で子どもを無料招待する事業を進めている。
 バスの数不足や地下鉄の混雑問題などで、会場までの交通手段を、どう確保するか─その課題を解消するため、大阪の横山英幸市長は、校外学習での利用を目的とした「子ども専用列車」の運行を、大阪メトロと協議していることを今月に明らかにした。
 これを受けて大阪府の吉村洋文知事も「協力していきたい」と賛同。実現となればこれも無料招待となる。
 これまで国公私立校を対象とした関西6府県の万博子ども無料招待事業については、その中身と予算額が以下のようになっている。

 大阪府=4歳から高校生(人数約102万)19億3千万円
 兵庫県=小中高校生(約56万)8億(このうち一部は県内企業による寄付)
 京都府=小中高校生(約25万)3億3千4百万
 奈良県=小中高校生(約12万7千)1億7千万
 滋賀県=4歳から高校生(約18万)4億から5億
 和歌山県=小中校生(約6万7千)1億8千万

 この事業に関西6府県は合計約38億円を投じる見込み。これに「子ども専用列車」の費用が上乗せされる。どのくらいのお金がかかるのかはわからないが、かなりの額だろう。
 「いのち輝く」をテーマにした万博のすばらしさを子どもたちが体験できるなら、多額の税金をかける価値は十分にあるが、問題は会場だ。
 3月に工事現場で、土壌から発生したメタンガスに溶接の火花が引火し爆発する事故が起きた。事故現場はトイレ設置予定地。コンクリート床約100平方bが損傷した。付近には受付ゲートや飲食ブースなどが予定されており、来場者が多く集まる場所だ。
 会場の夢洲(ゆめしま)はゴミの最終処分場で、今も使われている。しゅんせつ土砂やPCB・ダイオキシンなどの有害物質が埋められている。メタンガスは引火しやすく、爆発の危険性がある。このため当初から問題視されていた。2月から5月の間には基準値を超えるメタンガスが76回も検知していたと日本国際博覧会協会が6月下旬に明らかにしている。

 協会は開催中毎日ホームページで測定値の公表を検討するとしているが、根本的な対策はないようだ。こんなメタンガス爆発の危険性がある会場に、子どもたちを入場させるのは、「いのちの危険」の恐れがある。
 それなのに文部科学省は全国の学校へ、修学旅行先として万博をすすめる通達を出している。危険性を知ってか知らずか、来年の修学旅行は万博と決めた千葉県や福島県の学校もある。
 関西の無料招待事業も修学旅行先通達も、政府が音頭を取る万博動員<vランの一環だ。
 子どもが犠牲になったら誰が責任をとるのだろうか。
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2024年07月22日

【出版界の動き】本の需要を喚起するユニークな取り組みと挑戦

第171回・芥川賞と直木賞が決まる。受賞作の短い紹介
<芥川賞>
朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』(新潮社)
 同じ身体なのに半身は姉、もう半身は妹、その驚きに満ちた人生を描く。周りからは一人に見えるが、でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。隣のあなたは誰なのか? 姉妹は考える、そして今これを考えているのは誰なのか。著者はこれまで勤めてきた医師としての経験と驚異の想像力を駆使して、人が生きることの普遍を描く、世界が初めて出会う物語。
松永K三蔵『バリ山行』(講談社 2024/7/29発売予定)
 内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた男は、同僚に誘われ六甲山登山に参加。その後も親睦を図る気楽な山歩きをしていたが、あるベテラン社員から誘われ、危険で難易度の高い登山へ同道する。だが山に対する認識の違いが露わになる。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。
<直木賞>
一穂ミチ『ツミデミック』(光文社)
 夜の街で客引きバイトに就く主人公。女がバイト中に話しかけてきた。彼女は中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。過去の記憶と女の話に戸惑う「違う羽の鳥」。調理師の職を失い家に籠もりがちのある日、小一の息子が旧一万円札を手に帰ってきた。近隣の老人からもらったという「特別縁故者」。渦中の人間模様を描き心震える全6話を収載。
 なお著者の一穂さんは覆面作家として活動していたため、マスクを着用して会見に臨んだ。また光文社は生島治郎『追いつめる』以来、57年ぶりに直木賞作家を輩出した。

辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版)がトータル100万部を突破
 2019年3月、辻村さんの作家生活15周年を記念する作品として刊行。内容は婚活≠テーマとした恋愛ミステリ。単行本6万部(10刷)、文庫版85万部(22刷)、電子版9万部。文庫版は22年9月に発売し、1年間で文庫ジャンルの1位になるなど、ベストセラーランキングを席巻した。
 今秋9月27日には、藤ヶ谷太輔さんと奈緒さんのダブル主演による実写映画が公開される。「web TRIPPER」では、鶴谷香央理氏によるコミカライズが連載中。9月にコミック版の第1巻も発売が予定されている。

「読書バリアフリー法」に基づく地方計画の策定は26% 
 視覚障害者らの読書環境の改善を図る「読書バリアフリー法」に基づく計画は、都道府県・指定都市・中核市の計129の自治体には、策定の努力義務がある。しかし策定されている自治体は33、検討中は54、策定予定なしは42に及んだ。策定率は約26%(2月1日現在)だった。
 電子書籍の普及や公立図書館の体制整備などが課題だが、そうした取り組みの計画作りが進んでいないことが分かった。この6月27日には読書バリアフリーに関する出版5団体共同声明が発出され、読書バリアフリーの取り組みポイントとして、以下のことを挙げている。
@ 電子書籍をリフローの形式で、一般向けに制作して販売する。
A 機械式音声読み上げに対応できるようにする。
B 専門の読上げソフトで読ませるため、また点字で読ませるため、テキストデータを提供できるようにする。

日販が有人・無人のハイブリッド型店舗を今秋オープン
 日販は「あゆみ BOOKS 東京・杉並店」をリニューアルし、溜池に設置した「ほんたす」機能を加え、「ほんたす」2号店として今秋オープンする。ここには有人・無人のハイブリッド型営業をかなえる省人化ソリューションを初導入し、書店スタッフの負担軽減と営業時間の延長を図る。
 まず有人レジカウンターを廃止し、セルフレジを導入する。書店スタッフは店舗内でさらに丁寧な接客や売り場づくりを行う。さらに営業時間を4時間延長し、早朝の8時から10時と深夜22時から24時の4時間を、LINE会員証で入店を管理する無人営業時間とし早朝や深夜の営業を可能にする。

ポプラ社と横浜市教委が提携して小中学校に読み放題型の電子図書館を試行導入
 ポプラ社は7月3日、子どもの読書機会の充実を目的に、横浜市教育委員会と連携協定を締結した。ポプラ社が小中学校向けに提供する読み放題型電子図書館「Yomokka!」が、7月から横浜市の小中学校のうち、「過大規模校(学級数31以上)」に指定される9校に試行導入された。

小学館 新会社「THRUSTER(スラスター)」設立 最新テクノロジーでコンテンツ開発
 小学館は7月16日、XR技術を使ったビジネスを開発する新会社として「株式会社THRUSTER(スラスター)」を設立したと発表した。THRUSTERは「株式会社LATEGRA(ラテグラ)」から事業譲渡を受けた制作チームが業務を行う。
 今後はグループ会社の一員として、小学館が持つ膨大なコンテンツをDIGITAL・VR・AR・AI等のテクノロジーと掛け合わせた、新たなコンテンツやサービスの開発を加速させ、海外にも進出する。

世界に広がる日本の出版物 ミリオンセラー生み出す動画SNSの拡散力
 マンガをはじめ、日本の出版コンテンツに対する海外での需要が急伸している。特に米国では勢いが止まらない。今や日本の小説への需要も拡大。動画配信や動画SNSによってそのブームは世界に拡大している。電子書籍の取次や翻訳サービス、縦スクロール化などのサービスが効を奏し、多くの作品を海外に販売できる体制が急ピッチで進む。
 紀伊國屋書店は米国、台湾を含む東南アジア、オセアニア、中東に42店舗を展開。このうち市場が大きい米国で21店舗を運営する。特に動画配信サイトでアニメを見て、新たに作品のファンになったファミリー層が購入するようになり、売上が伸びているという。さらに太宰治の『人間失格』がアニメ化され、原作への関心が広がりベストセラーになっている。

新聞協会、検索連動型AIは「著作権侵害」あたり記事の利用承諾を要請
 日本新聞協会は17日、米国大手IT各社が展開する「検索連動型生成AIサービス」は、著作権侵害の可能性が高いとして、記事の利用承諾を要請する声明を発表した。情報源として新聞記事を無断利用し、かつ記事に類似した回答例を表示するケースが多く、利用者も参照サイトのニュースを閲覧せず、報道機関に不利益が生じる弊害も指摘した。
 また記事利用の許諾を得ないまま「検索連動型AI」を提供すれば、独禁法に抵触する可能性にも言及した。
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2024年07月18日

【JCJ声明】相次ぐ米兵の女性暴行事件と、政府による隠ぺいに抗議する

 「楽しいはずのクリスマスイブの日を、これから少女は毎年つらい思いで過ごさなければならない」。米軍兵士による16歳未満の少女に対する誘拐暴行事件が起きたのは、去年の12月24日、クリスマスイブの日。被害にあった少女について沖縄に住む人たちは、絞り出すように語った。

 日本政府が一体となって沖縄県に事実を隠し続けたこの事件が、「琉球朝日放送」の昼のニュースで第一報が報じられ明るみに出たのは6月25日。外務省や防衛省、そして県民の警察のはずの沖縄県警は、県に連絡しなかった理由として「被害者のプライバシーへの配慮で慎重な対応」と、オウムのように同じ言葉を繰り返した。 

 沖縄の人たちの言葉と比べた時、政府側の言葉の軽さが浮かび上がる。建前の裏側に、辺野古新基地建設に向けた国の代執行、岸田首相訪米、沖縄県議会議員選挙、「慰霊の日」追悼式などへの政治的影響を考えた、地元沖縄県に対する隠ぺいの意図が透けて見える。
 この問題について日本ジャーナリスト会議沖縄(JCJ沖縄)は、いち早く6月27日に抗議声明を出し、「今回の事件が発覚するまでの半年間の経緯をみれば、日米政府は捜査・司法当局も含めて、県民に対して事件を隠ぺいしたと言わざるを得ない。沖縄県民の安全や尊厳をないがしろにする姿勢が暴露されたのである」と指摘し、「米軍の特権を支えるために県民を犠牲にする日本政府や当局に断固抗議する」と訴えた。

 さらにJCJ沖縄が声明を出した後も、米軍による性的暴行事件が次々に明るみになり、県警が発表しなかった米軍による性的暴行事件は、昨年以降合わせて5件あったこともわかった。
 「県民に強い不安を与えるだけではなく、女性の尊厳を踏みにじるものだ」とする玉城デニー知事をはじめ沖縄の人々の強い怒りに、政府はようやく7月5日に、捜査当局が米軍人を容疑者と認定した性犯罪事件については、非公表であっても例外なく沖縄県に伝達する方針を表明した。
 日本ジャーナリスト会議(JCJ)は沖縄の人々と連帯し、政府の隠ぺい行為に強く抗議し、沖縄県への伝達については速やかに確実に履行することを政府に求める。

 沖縄県には在日米軍基地の7割が置かれている。基地問題が引き起こす性暴力の数々は、人間の尊厳に対する蹂躙であり、女性を軽んじるジェンダーの権力構造を露骨に示している。「国家の安全保障」が、一人ひとりの人権に優先するものであるのか、政府は沖縄の人々が置かれている現状と真摯に向きあい自問してほしい。
 そのうえでJCJは、政府に対して米軍への再発防止の徹底の申し入れと、日米地位協定の見直しに取り組むことを強く求める。

  2024年7月12日
日本ジャーナリスト会議(JCJ)

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2024年07月15日

【トピックス】鹿児島県警・内部通報と「情報源暴き」=萩山 拓(ライター)

県警・不祥事の3カ月
 鹿児島県警の元巡査長による捜査資料漏えい事件の発生から、すでに3カ月以上が経過する。県警は4月8日、県警に批判的な報道を続けるニュースサイト運営者を漏えい事件の関係先として家宅捜索し、パソコンのデータを押収し、その内容をもって巡査長を地方公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕した。
 この捜索で得た関連資料や証拠を基に、さらに前県警生活安全部長も漏洩容疑で逮捕した。このような漏洩事件が起きる背景には、県警トップの事件もみ消し・隠蔽の動きに対し、不満が県警内に充満していたと考えられる。
 現に逮捕された当事者からは、「資料を公表して県警内の体質を変えたかった」と、動機の説明がなされている。

踏みにじる「情報源の秘匿」
 しかも県警が行ってきた一連の捜査は、極めて異常なやり方だといわざるを得ない。パソコンのデータを始め、メールや携帯でのやりとりなど、捜査・検索・閲覧の範囲そして押収は通常の限度を超えている。
 こうした捜査に対して、新聞社の「社説」および新聞労連や出版者協議会を始め、メディアにかかわる多くの組織や有識者が、鹿児島県警による異様な「情報源暴き」に抗議の声を挙げてきた。
 そこには「捜査権の乱用」のみならず、「情報源の秘匿・保護」や「表現・報道の自由」が脅かされる重大な危険がはらんでいるからだ。民主主義社会では許されない権力の暴走を感じ取ったからに他ならない。

公益のための内部通報
 この暴走をくい止めるため、東京都の出版社「リーダーズノート出版」の木村浩一郎社長は、鹿児島県警トップの野川明輝本部長らを、特別公務員職権乱用などの罪に当たるとして告発した。ところが鹿児島地検は7月5日付で、野川本部長らを嫌疑なしで不起訴処分とした。
 しかし同社長は、地検の不起訴処分は不当だとして、7月10日、鹿児島検察審査会へ審査を申し立てたと明らかにした。「不法・不当に当該報道機関の強制捜査を行った疑惑があり、強制捜査は取材源の秘匿に関わり、日本国憲法にも違反する」うえに、「地検の捜査は短期間で不十分だ」という世論もあるとしている。
 とりわけ逮捕された前生活安全部長は「県警本部長が県警職員の犯罪行為を隠蔽しようとしたことが許せなかった」「書類を送れば積極的に取材してくれると考えた」と述べているだけに、隠された組織内部の腐敗を告発しようとする公益通報の意図が明確である。こうした事情をどう汲みあげるのか、これからの審査が注目される。
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2024年07月11日

【お知らせ】フリーランス連絡会が「労組法上の労働者性」を巡り都労委に要望書を提出

 MICフリーランス連絡会は、全国一般三多摩労働組合、キャバ&アルバイトユニオンOWLs、フリーランスユニオンと共に、東京都労働委員会に対して要望書を、この4月25日に提出している。
 このほどMICフリーランス連絡会に参加する「出版ネッツ」が、その取り組みの意義について、改めてコメントしている。その内容をお知らせしたい。

 労働委員会は「労働者が団結することを擁護し、および労働関係の公正な調整を図ることを任務とする」行政委員会です。
 しかし、私たちフリーランスのユニオンが申し立てた不当労働行為事件では、「労組法上の労働者性」という入り口の問題で書面の交換が延々と続く事態に直面します。その間、使用者は「労働委員会で審理中である」ことを理由に団体交渉の申し入れに応じず、組合員は深刻な状況に置かれています。
 そこで、都労委ユーザーの立場から、7項目にわたる要望を記した要望書を提出することにしたのです。

 その申し入れと説明の場に、労組側は計11名が参加、都労委側は審査調整課長と審査調整課審査担当の方が出席し、約1時間懇談をしました。提出した7項目について、明確な回答があったわけではありませんが、フリーランスのユニオンが労働委員会を活用する中で感じている困難や課題・要望を伝えることができました。要望内容ならびに私たちの声は、公労使委員にも共有してもらえるとのことでした。

 「出版ネッツ」は、7項目のうち特に「3 『労組法上の労働者性』が争点になっている事件でも和解解決を促進するため、期日間の交渉、協議(団交かどうかはともかく)を被申立人に促すこと」を強く要望しています。
 「出版ネッツ」は現在、2件の不当労働行為救済申し立てをしており、いずれも労組法第7条1号に定める不利益取り扱いと、同条2号に定める団交拒否についての救済を求めています。
 1件は世田谷区事件における団交拒否です。ここでの団交議題は、区史編さん委員の委嘱、区史のために執筆した原稿の著作権の取り扱いとハラスメントです。もう1件はRプロダクション・I出版社事件です。ここでの団交議題は、就業場所と時間外割増手当の支払いです。
 どちらも就業環境と就業条件、生活にかかわる切実な問題です。本来、労働委員会での手続きと並行して自主的な交渉を行うことに何ら問題はなく、労働委員会へ救済申し立てをしていることが団体交渉拒否の理由にはなりません。

 いま世界的には、「適切な社会的保護の実現」「社会的排除に対する取り組み」などと並んで、「労使対話の促進」が目指されています(EUや韓国など)。雇用形態にかかわらず、働く人の団結権・団体交渉権の擁護・確立を社会の“当たり前”にしていかなければなりません。
 今後とも私たちは、労働委員会にその役割を果たすよう求めていくとともに、企業活動にかかわる人々、発注先企業の労働者・労働組合に対しても、フリーランスの団結権・団体交渉権擁護の重要性について訴えていきたいと考えています。(「出版ネッツ」杉村和美)
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2024年07月08日

【おすすめ本】菅原 出『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地 』─国の安全保障や企業防衛の最前線に立つ実施部隊=前田哲男(軍事評論家)

 「民間軍事会社」と聞いて思い浮かべるのは、ロシア・ウクライナ戦争さなかに起きた、「ワグネル」「プリゴジンの乱」だろう。この事件、現代戦の暗部が資本主義国アメリカだけでなく、旧ソ連=ロシアにも存在する事実を照射してくれた。
 もちろん本書にも詳述されている。「ロシア国家によるワグネル乗っ取り」「プリゴジン暗殺」の章は、読みどころの一つだ。

 だが本書は、もっと広範に、アメリカ「戦争請負会社」の活動からアフリカの地域紛争や湾岸戦争、イラク戦争にもおよび、「民間軍事会社」が 現代の戦争に不可欠なものであることを教えてくれる。
 あまり知られていないが、日本の自衛隊にも民間会社の利用が浸透し、隊員不足を補うために拡大する勢いにある。

 本書を読んで再読したのが、カイヨワの『戦争論』(法政大学出版局1974年)とプレティヒャ『農民戦争と傭兵』(白水社2023年)である。「傭兵」を戦争の民間人利用と考えれば、その起源は古い。
 両著とも「歩兵」のルーツを「傭兵」に求めている。「マスケット銃が歩兵を生み、歩兵が傭兵を生んだ」(カイヨワ本)というわけだ。この「傭兵」の現代版・適用例が「民間軍事会社」だといえなくもない。

 しかし、現代資本主義が向かい合う「テロとの戦い」においては、「民間軍事会社」は、「各国の安全保障政策や企業のセキュリティ対策を最前線で履行する実施部隊である」(本書あとがき)。
 そう考えれば岸田政権が掲げた「GDP2%防衛費・5年間43兆円」の使途とも無縁ではない。その意味でも広く読まれるべき書である。(平凡社新書1050円)
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2024年07月04日

【マスコミ評・出版】リベラル論壇誌の創刊と日米同盟の転換=荒屋敷 宏

 いま出版界の話題は、何と言っても、ジャーナリズム・評論・書評を三本柱に据える雑誌「地平」創刊号(2024年7月号)の登場であろう。ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が新潮文庫版で出ることも評判にはなっているが、「地平」編集人・発行人の熊谷伸一郎氏の勇気の前に霞む。
 地平社は、「地平」の前に、内田聖子『デジタル・デモクラシー』、南彰『絶望からの新聞論』、東海林智『ルポ 低賃金』、長井暁『NHKは誰のものか』、島薗進・井原聰・海渡雄一・坂本雅子・天笠啓祐『経済安保が社会を壊す』、三宅芳夫『世界史の中の戦後思想』の6冊の書籍を同時刊行し、さらにアーティフ・アブー・サイフ著、中野真紀子訳『ガザ日記―ジェノサイドの記録』を加える念の入れようである。

 「リベラル論壇誌創刊 勝算は?」との「地平」の熊谷編集長を取材した毎日新聞6月3日付東京夕刊2面の特集ワイド、千葉紀和記者の記事が詳しい。1946年創刊の雑誌「世界」(岩波書店)が1995年に公称12万部で、現在は4万部だから、新たな雑誌創刊の困難さがわかる。

 「地平」の編集スタッフは4人。そのうち1人は、TBS「ニュース23」元ディレクターの工藤剛史氏だと「毎日」の記事が紹介している。大手出版社を辞めたとされる他の3人も、腕利きの編集者であろう。それは創刊号の内容に表現されている。
 筆者が興味深く読んだのは、酒井隆史「過激な中道≠ノ抗して」、吉田千亜「言葉と原発(上)」、尾崎孝史「ウクライナ通信 ドンバスの風に吹かれて 第1回ウクライナ報道の現在地」、小林美穂子「桐生市事件」、樫田秀樹「会社をどう罰するか 第1回ネクスコ中日本 笹子トンネル天井板崩落事故」だった。編集長の人脈の広さを示すが、論壇の動向紹介や地に足の着いたルポなどは、たいへん読み応えがある。

 もう一つ注目したいのは、週刊誌「サンデー毎日」6月16日・23日合併号「倉重篤郎のニュース最前線」の「寺島実郎渾身の『日本再生構想』 日米同盟のパラダイム転換へ」である。『21世紀未来圏―日本再生の構想』(岩波書店)の著者である寺島氏へのインタビュー記事だ。
 寺島氏は敗戦後80年を経過しても、外国軍隊を受け容れている日本の異常さに着目し、米軍基地・施設の段階的縮小を提言している。この視点は現今の論壇の弱点を突いたものだろう。米国追随型出版の自己点検が必要な時だ。
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2024年07月01日

【JCJ沖縄声明】米兵少女誘拐・暴行事件とその隠ぺいに抗議する─ジャーナリズムの役割を果たすために

 また在沖米軍兵士による凶悪犯罪が起きた。犯罪自体を許せないことはもとより、続発 する米軍関係者の犯罪を防止できない日米両政府も猛省すべきである。
 今回の事件が発覚するまでの半年間の経緯をみれば、日米政府は捜査・司法当局も含めて、県民に対して事件を隠ぺいしたと言わざるを得ない。
 沖縄県民の安全や尊厳をないがしろにする姿勢が暴露されたのである。人々の知る権利を支えるジャーナリズムにとっても、その役割を果たしえなかった痛恨の事態である。当局の隠ぺいに抗議する。

 昨年12月24日、沖縄本島中部の公園で16歳未満の少女が米兵に誘拐され、性的暴行を受けた。少女の帰宅後に、110番通報により沖縄県警が米兵を在宅のまま捜査し、今年3月11日、わいせつ誘拐・不同意性交容疑で書類送検された。
 同27日に同罪で起訴され、日本側が勾留した。その後、保釈金が支払われて保釈が認められ、米兵は米軍の管理下に置かれている。米軍関係者以外ではこのような対応はあり得ず、米軍特権が際立 っている。
 起訴の時点で外務省はエマニュエル駐日米大使に抗議した。しかし、沖縄県には連絡し なかった。県警も県と情報共有をしなかった。

 今回のような事案があれば、学校も地域社会も、警戒を呼びかけ対策を講じなければならない。結果として、行政も、メディアも、果たすべき役割を果たし得なかった。
 この間も米兵の犯罪は、コンビニ強盗、住居侵入など日常茶飯事のように起きていた。 県民の安全を守り信頼を得る立場にあるはずの沖縄県警は、メディアへの広報も県への報 告もしなかった。県公安委員会と共に、県民への背信の意味を重く顧みるべきである。

 外務省が米大使に抗議した後、日米首脳会談、エマニュエル駐日大使の石垣・与那国訪問があり、沖縄県議会議員選挙があり、首相や米軍関係者も参列する沖縄戦慰霊の日の追悼式があった。
 これらに影響を与えないようにするという意図を当局は否定するが、信じることができない。被害者のプライバシー保護のためとするが、他事例と比較すれば説得 力はない。
 米軍の特権を支えるために県民を犠牲にする日本政府や当局に断固抗議する。

 2024年6月27日
日本ジャーナリスト会議・沖縄

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2024年06月27日

【焦点】小池都政2期8年の罪─大企業ファーストの再開発、生活や命をないがしろ、税金の無駄遣い!=橋詰雅博

 都知事選挙が始まっても学歴詐称問題から逃げ回っている小池百合子候補。2期8年の小池都政は、大企業による再開発の推進や住民の暮しをないがしろにした政策、税金の無駄遣いなどやり放題だ。以下はその主なものだ。

イコモス(国際記念物遺跡会議)が「世界の公園の歴史において例のない文化的資源」と評価した明治神宮外苑の貴重な樹木を1000本近くも伐採する三井不動産らが手掛ける再開発計画を承認。
 この地区に190メートルの高層ビルを始めとしたビジネス施設とスポーツ施設が建設される。ビル風、伐採による気候温暖化の助長、ビルからのCO2排出などを心配する住民の反対運動で、この「神宮利権」は一時ストップしている。しかし、小池候補が選挙で勝てば、自民党と直結した大企業ファーストを象徴するような、大規模再開発が動き出すだろう。

コロナ禍で大きな役割を担った都立・公社の病院を、強引に独立行政法人化した。それにより医師や看護師が退職し深刻な人手不足に陥っている。多摩メディカルキャンパス(旧都立府中病院)は休止病床が拡大し、救急車の受け入れを制限している。
 また清瀬・八王子の都立小児病院と梅が丘病院を統合した小児総合病院センターでは、閉鎖の恐れがある病棟もあり、児童・思春期精神科の新規外来患者数が2010年から半減した。独立行政法人化は失敗したのは明らかで復活してほしいという声が高まっている。

都立高校入試における英語スピーキングテストの導入では、都と協定を結んだベネッセに委託されたが、公平性・透明性が担保されていないと裁判に持ち込まれている。この導入には43億円もの税金が投じられている。まさに「教育利権」そのものだ。子どもの学習と教員支援、環境整備に教育予算を使うべきだという要望が多い。

都庁などのプロジェクションマッピングに2年で48億円もつぎ込む。税金の無駄使いではないか。しかも、この事業は談合事件で指名停止中の電通のグループ会社に委託している。

これまで都知事が続けてきた関東大震災直後に起きた朝鮮人虐殺への追悼文を、小池都知事になってからは取りやめ、いまだに追悼文の拒否を続けている。

横田基地や工場が発生源とみられるPFAS(ピーファス、有機フッ素化合物)が原因の健康や環境への被害調査を、小池都知事はやらず国任せ。住民の健康調査への補助金もゼロだ。

 小池候補の3選、許してはならない!
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2024年06月24日

【レポート】米軍の性暴力と闘う国際女性ネットワークの歩み=宮城晴美(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)

8面/宮城晴美さん(顔写真用).JPG

 1945年3月末から沖縄諸島に上陸した米軍が居座り続けて、実に80年。その間、彼らは強奪した土地に広大な軍事基地を建設し、住民への強姦、強盗、殺人、ヘリ・戦闘機事故など、無数の事件、事故を繰り返してきた。

被害女性の人権は含められない実態 人権回復の要求
 米軍を前に司法も警察も非力で、被害者はただただ泣き寝入りを強いられるだけだった。そんな占領者に対して、沖縄人は弾圧されながらも米軍基地の撤去を訴え、人権の回復を求めて立ちあがった。
 しかしながら、そこには強姦被害の女性の人権は含められなかった。米軍事件のなかでもおびただしい数の犯罪であり、女性の尊厳を踏みにじる最悪の出来事であったにもかかわらずだ。
 米軍上陸時の沖縄戦の混乱のなか、米軍は住民を救助する一方で女性を強姦した。時には男性も。場所、年齢、時間帯など関係なかった。収容所の野戦病院に入院中、農作業中、共同井戸で洗濯中、夫の目の前……、そして居住地にもどってからも、米兵は容赦なく民間地域に入り込んできた。
 米軍基地が拡張されるなか、事件はその周辺で起こるようになった。朝鮮戦争下の50年には、行政による米兵の犯罪対策として歓楽街が設置されたが、事件が止むことはなかった。むしろベトナム戦争下では、バーやキャバレーで働く女性従業員が、強姦されたうえ殺害されるという事件が相次いだ。

米軍への刺激を避け犯罪件数は非公表
 すさまじい頻度で起こり続けた米兵による強姦事件。それでも、沖縄の施政権が日本に返還されてなお、被害の実数が公的に記録されることはない。
 当時の強姦罪が親告罪であったことや、加害者が特定できない、あるいはメディアを含め周りの目(被害者の落ち度論=jを意識して、訴えないといったケースもあろう。それ以上に「復帰後の外人事件の実数は、発生件数と検挙件数を同一数字として公表する警察庁の方針を採用。米軍関係を刺激しないよう未検挙の発生件数の公表は避ける」(「沖縄タイムス」1973年8月26日)との姿勢は犯罪的だ。もはや二の句が継げない。
 警察の数字だけでは事件の深刻さは伝わらず、軍隊の構造的暴力としての性犯罪の実態調査に着手したのが「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」(高里鈴代・代表)だった。
 1995年の米兵3人による少女への性暴力事件をきっかけに発足した団体で、その翌年2月、沖縄における米軍基地の駐留が、女性や子どもたちに及ぼしている様々な被害について、米本国の市民に直接訴えようと「ピース・キャラバン」を結成し、資料の一つとして「米兵による戦後沖縄の女性犯罪」を作成した。
 「ピース・キャラバン」は、サンフランシスコをはじめワシントン、ニューヨークなどで国連職員や上下院議員スタッフ、研究者、学生などと交流し、意見交換を行った。

女性の国際的ネットワーク結成
 この訪問をきっかけに1997年5月、米軍の駐留する沖縄・韓国・フィリピン・米国本土・日本本土の女性たちが沖縄に集い、国際女性ネットワークを結成。性暴力、アメラジアン、環境、地位協定問題をテーマに、それぞれの国の持ち回りで2年越しの国際会議を開催した。
 その後、2006年の米軍再編で、沖縄の基地がグアムに移転することが公表されたのを機に、グアム、プエルトリコ、ハワイの女性たちが加わり、「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク」の拡大結成となった。
 沖縄では、米兵による性犯罪が今年も起きている。軍隊による暴力を断ち切るには、これまでの男性主導の軍事主義を、フェミニストの視点で問わねばならない。米軍駐留地域で生きてきた経験を通して、女性ネットワークは安全保障の脱軍事化と脱植民地化をめざして活動を継続している。
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2024年06月20日

【余生私語録】第13回─今村翔吾さんの『海を破る者』および書店活性化への奮闘=守屋龍一

蒙古襲来750年の今
「海を破る者」.jpg 今年は蒙古襲来─<文永の役>から750年。そのタイミングをとらえ、直木賞作家・今村翔吾さんが、『海を破る者』(文藝春秋)を刊行した。日本史上最大の危機である「元寇」に立ち向かう没落御家人の葛藤と奮戦をたどる壮大な歴史小説だ。
 かつては瀬戸内海の防備を固め、鎌倉幕府の源頼朝から「源、北条に次ぐ」と言われた伊予(愛媛)の名門・河野家。しかし今や一族の内紛で見る影もない没落ぶり。
 その当主・河野六郎通有が、ある日、人買いに連れられて伊予にたどり着いた「るーし・きいえふ」出身の女性・令那と朝鮮半島・高麗出身の青年・繁を引き取った。はじめギクシャクしていた3人の関係もスムーズになり始めたところへ、またまた元軍が「日ノ本」に侵攻してくるという話が飛び込んできた。
 同族の各家にわだかまる疑心を取り除き、河野家をまとめあげた六郎通有は、元の大軍を迎え撃つべく九州・玄界灘に向かう。六郎が率いる戦艦・道達丸を中心にして、元の大軍とのし烈な闘いは、<第六章 河野の後築地>から、本書の表題になった<第七章 海を破る者>のクライマックスにかけて一気に展開される。敵を打ち破る戦法の筆致は拍力満点、ページを繰る指も忙しい。

なぜ人と人は争わねばならないのか
 だが本書は、これで終わるわけではない。闘い済んで日が暮れた後、六郎は驚くような行動を取る。海に溺れる敗残の敵兵に対し、一人でも救うために船を提供するのだ。そこには河野一族に連なる一遍上人の踊念仏が、六郎の胸中を占めていたのは間違いない。
 この時代に爆発的に踊念仏が広がったのも、元寇による世情不安とも無関係ではないと思う。当時の疲弊した民の救いと希望であった一遍上人の踊念仏を、本書に描き込むのは、著者の訴えたい主題、「なぜ人と人は争わねばならないのか」への一つの答えを求めたからに違いない。
 私はロシアに蹂躙されているウクライナの民への目線とも重なるのを感じ取りながら、本書を読み終えた。

書店復興に注ぐ熱意
 さて今村翔吾さん、著書での活躍だけではない。町の本屋さんが消えていく現状を憂い、書店の活性化にむけて、獅子奮迅の努力を重ねている。4月27日、東京・神保町の書店街にシェア型書店「ほんまる」を開店した。これで3軒目。前に大阪府箕面市の「きのしたブックセンター」、佐賀県佐賀市の「佐賀之書店」を開いている。
 このシェア型書店「ほんまる」は、個人や企業、自治体が本棚を借りて「棚主」となり、その棚に思い思いの本を並べて陳列し、販売する新しいスタイルの書店である。今後、棚主同士の交流会を開くほか、棚主から独立し書店開業を目指す人の支援にも力を入れるという。
 ネットによる本の販売や電子書籍が浸透する現在、紙媒体の市場規模が急速に縮小し、とくに雑誌と紙コミックの売上げが低下、書店の経営に大きな影響を及ぼしている。全国で書店の倒産・廃業が進行している。
 日本出版インフラセンターによると、2023年度の全国の書店数は1万918店、10年前と比べて約3分の2に減少。年間で500〜600店が閉店に陥っている。出版文化産業振興財団が2024年3月に行った調査では、書店のない市町村は482、全国の4分の1が「無書店自治体」となっている。

次世代のために書店を残す
 こうした書店の危機を深刻にとらえ、今村さんは、自ら書店を開業するだけでなく、テレビ番組にも積極的に出演し、「書店の大切さ」を訴えている。さらに経産省が3月に設置した「書店振興プロジェクト」にもメンバーとして参加し、意見を述べ提言をしている。
 6月12日に開催の2回目の会議では、「若者こそ、佐賀駅に書店が戻ってきた時に1番喜んでくれた。町の書店は若者のためにあるべきだと思う」と指摘。また、神田神保町に自らオープンしたシェア型書店「ほんまる」では、出展者の30%以上が企業の製品紹介に利用、行政からの引き合いもあると紹介。
 「次世代のために書店を残すという、青臭いかもしれないが、この1点で出版界は繋がって変えていけなければ、滅んでも仕方ないのではないか。私は必ず今年が書店復活の元年になると信じている」と述べている。
 この6月14日には東京駅構内のグランスタ八重洲(東京・千代田区)の地下1階に、グランスタ八重洲店がオープンした。売場面積72坪。営業時間は午前10時から午後9時まで。八重洲ブックセンターは、今年初め、阿佐ヶ谷駅前の書店「書楽」が閉店した時にも、すぐ同店を救済するため八重洲ブックセンター阿佐ヶ谷店を開店した。町の書店が消えてゆく流れをストップさせようと、書店業界としての努力を示そうとしている。

 長年、出版社に勤務し本を作ってきた小生にとって、今村さんの奮闘には頭が下がる。何よりも「町の本屋さん」で本を選び買うのを楽しみにし、喜びとしていた者の一人として心から応援し、機会あるたびに私も「書店の大切さ」を訴えていきたい。(2024/6/20)
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2024年06月17日

【出版界の動き】「本の魅力」を伝え書店振興へ地道な模索が進む

KADOKAWAは、6/8に起きたシステム障害について、その経緯と調査の進捗、今後の対応などの報告を15日発表した。「ニコニコを中心としたサービス群を標的として、当社グループデータセンター内のサーバーがランサムウェアを含む大規模なサイバー攻撃を受けたものと確認された」としている。
 サーバーのシャットダウンという緊急措置を講じたため、ウェブサイトだけでなく、基幹システムの一部にも機能停止が発生し、書籍の流通に影響が出ている。完全な回復は6月末となる。

経産省が進める「書店振興プロジェクト」の方針に、書店の減少を食い止めるため、書店と図書館との連携による文字・活字文化の振興、および書店活性化が盛り込まれる見通し。12日に開催の第2回「車座会議」で外務相や文科相、また書店や作家からも発言があり、いかにして本の魅力を伝え、書店の活性化を図るか、活発な議論が展開された。
 齋藤・経産相も注目すべき事例として、東京都狛江市で昨年閉店した啓文堂書店が、市民有志グループが起こした「エキナカ本展」などに呼応するため、6月27日に再度出店することになった事例を紹介した。

政府のクールジャパン戦略が5年ぶりに改訂され、これまで5兆円の予算を2033年までに20兆円に引き上げるという。その骨子のうち知的財産については、海外向けの作品流通と海賊版対策を2本建てにして展開、それにともなうクリエイター支援の実施が揚げられている。
 特にマンガ(出版)については、スマートフォンの普及により日本マンガの人気は高まっている。海外での電子コミック売上げは約 3,200 億円(2022 年)と大きく増加、今後も拡大傾向が見込まれる。ただし現地版の発刊にタイムラグが生じるため、海賊版が横行する原因になっている。それへの対策が急がれる。

文化通信が6月17日から「こどものための100冊」キャンペーンを始める。子育て中の著名人や書店員、図書館員が選んだ<子どもの本100冊>を収載した冊子を、書店や図書館、保育園、子ども商品の通販などを通して15万部配布する。キャンペーンは今回で4回目。父兄や書店から好評で、子どもに本を与えるための参考になり、かつ書店の売上につながる好循環が歓迎されている。

「文学フリマ」って、知っていますか。文学好きが自分たちで作った作品を展示即売するイベントである。毎年、主要都市で開催されている。その来場者の多さと熱気はビックリするほどだという。文化通信の星野渉さんが、次のような一文を寄せている。
<老若男女が集まり、手作り感満載の冊子を販売。人気の書き手には行列もできる。今年12月に開く「東京39」は、出展応募の増加に対応して、これまでの東京流通センターから東京ビッグサイトに会場を移す。
 「文学」でこれだけ人が集まるのかと思わされる。出版社社長は、本を読む人は一定数いるのに届いていないのではないか、と感想を漏らした。いろいろなチャンネルで本の情報を届ける大切さを感じる>

有名人を登場させ、勧誘や取引を促す詐欺的なSNSやWEBが社会問題になっている。出版においても悪質な出版 Web サイトが見つかっている。出版のあっせんや販売の方法などを紹介する詐欺から身を守ることが肝心となっている。
 著者と出版者の保護に取り組んでいるAmazonは、詐欺的手法について警鐘を鳴らし、アドバイスをしている。まずKindle ダイレクト・パブリッシングと、詐欺的なりすましサイトの違いを特定し、詐欺から身を守るために、KDP Community にアクセスしてくださいとのこと。

講談社 本田靖春ノンフィクション賞 最終候補作品
 大森淳郎『ラジオと戦争─放送人たちの「報国」』 NHK出版
 春日太一『鬼の筆─戦後最大の脚本家・橋本忍之栄光と挫折』文藝春秋
 木寺一孝『正義の行方』 講談社
 宋恵媛+望月優大+田川基成(写真)『密航のち洗濯 ときどき作家』 柏書房
 乗京真知『中村哲さん 殺害事件実行犯の「遺言」』 朝日新聞出版
 森合正範『怪物に出会った日─井上尚弥と闘うということ』 講談社
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2024年06月13日

【おすすめ本】乗京真知『中村哲さん殺害事件 実行犯の「遺書」』─深い闇を暴く調査報道の成果=高世仁(ジャーナリスト)

 中村哲医師は5年前、武装集団に襲われ亡くなった。その真相はいまだ深い闇だが、朝日新聞記者の著者は、独自取材で国際謀略ともいうべき事件の構造に迫る。
 実行犯の中心はパキスタンの反政府武装勢力のメンバー。当時はアフガニスタン側に潜伏し、犯罪を請け負って金を稼いでいたが、その彼に中村さん襲撃を依頼したのは、パキスタン治安機関の密命を帯びた人物。背景には水を巡る隣国同士の確執があった。

 中村医師はアフガニスタンを襲った大干ばつによる飢餓を救おうと、大規模灌漑に乗り出し、65万人の暮しを支える沃野を蘇らせた。灌漑の水は、パキスタンを源としアフガニスタンを流れて、再びパキスタンに下るクナール川から引いている。上流で水を分岐させる事業は、下流のパキスタンには水量減となる。
 パキスタンは近年、地球温暖化による洪水と干ばつの甚大な被害を受けて、水の安定確保は最大の懸案となっていた。クナール川上流の“脅威” の除去を狙って中村医師襲撃は決行された。

 事件の真相は、複雑な両国関係や政治的思惑で、覆い隠されようとしていた。著者の調査報道は、事件の深い闇を暴く世界的スクープだが、取材の困難さは想像に余りある。
 「ちまたに銃があふれるアフガニスタンで犯人を捜すことは、自分だけでなく助手やその家族を危険にさらすことでもあった」(本書)。
 近年、マスコミ企業は危険地での取材を避ける傾向にあるが、本書に記された貴重な取材方法は、ぜひ学んでほしい。(朝日新聞出版1600円)
『中村哲さん殺害事件…』.jpg
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2024年06月10日

【焦点】知る権利とプライバシー侵害 経済安保新法 秘密保護法と一体運用 身辺調査拒めば不利益も=橋詰雅博

 特定秘密保護法(2014年施行)の経済安保版といわれる「重要経済安保情報保護法案」は、国会の情報監視審査会での報告・公表など多少の修正が加えられただけで成立。この経済安保新法は、国民の知る権利を制限し、秘密情報にアクセスできる権限がある人は、身辺調査される。秘密保護法との一体運用で、監視統制はさらに強まる。

恣意的に件数増大
 特定秘密保護法は、防衛・外交・スパイ防止・テロ防止の4分野のうち安全保障に、「著しい支障」がある政府保有情報は特定秘密に指定。その数は昨年末までで751件。
 今度の経済安保新法はこうなる。電気、ガス、鉄道、航空、放送、通信といったインフラ分野、宇宙開発、サイバー攻撃、AIなど先端技術分野、半導体、鉱物などの重要物資分野などの中で、安保に「支障」がある政府保有情報は、「重要経済安保情報」として秘密指定される。
 件数は「初年度は数十件から100件程度」と高市早苗経済安保相は国会で答弁したが、秘密指定の定義があいまいで、恣意的なものが入り件数は膨れ上がる可能性がある。

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 同法案に詳しい秘密保護法対策弁護団事務局長の海渡双葉弁護士(写真)は、「秘密保護法では安全保障に『著しい支障』がある情報を特定秘密にしたが、経済安保新法は『支障』だけ残し、『著しい』を外した。これは秘密指定の範囲を相当に広げる狙いがある」と指摘した。秘密指定の増大は、国民の知る権利が狭められる。
 特定秘密情報を取り扱う人物は「適性評価」調査の対象だ。その適性評価対象者約13万人のうち9割超は防衛省、自衛隊、防衛施設庁の公務員が占めた。
 適性評価(新法ではセキュリティー・クリアランスと名付けた)調査は、新法の秘密情報に接する人物も対象。経済分野ゆえに民間人が多くなる。国が秘密情報の取り扱いを認定した企業、大学、研究機関などで働く人たちも含まれる。

数千の民間人調査
 内閣府が主導する適性評価調査の手順はこうだ。企業など事業者は、対象者の同意を得た候補者名簿を、所管する省庁に提出。内閣府は30ページの質問書を対象者に配布する。
 その項目は@家族やテロとの関係、A犯罪や懲戒の経歴、B情報の取り扱いに関する違反行為、C薬物乱用、D精神疾患、E飲酒の節度、F経済状況―。配偶者や子ども、父母や兄弟姉妹、配偶者の父母や子ども含む家族関係、同居人、国籍、借金の理由と総額、精神疾患のカウンセリング歴・症状などの7項目は、詳細に書くことが求められる。
 加えて面接もあり質問書をもとに、内閣府担当者は根掘り葉掘り尋ねる。対象者には内緒で上司も聞かれる。身辺調査された個人情報は役所に握られる。目的以外に利用しないというが、外部からは分からない。情報が洩れればプライバシー権が侵害される。
 身辺調査の結果をもとに適性の有無を評価した担当省庁は、事業者と対象者に「合否」を伝える。
 初年度の身辺調査対象者は「数千人」と高市経済安保相は言っているが、大きく増えるかもしれない。重要情報を漏洩した違反者は、5年以下の拘禁刑などで処罰される。

人生設計狂うかも
 これまで身辺調査をめぐり問題は浮上していないが、新法では大勢の民間人が身辺調査の対象になる。問題は起きないのか。
「候補者名簿に載せることに同意しない、調査を拒む、適性がないとされたら働いている今の部署から異動になる。出世コースから外れた、居づらい、合わない仕事を押し付けられるなどの理由で退職もあり得ます。不利益な扱いを受け人生設計がくるう。人権侵害です」(海渡弁護士)
 新法の恣意的な利用で「第二、第三の大川原化工機事件(警視庁公安部がでっち上げたと東京地裁は被告の社長らを無罪とし、東京都に賠償を命じたが、原告、被告とも控訴)は起こり得る」と海渡弁護士は警鐘を鳴らす。
 これから何をしたらいいのか。
「反対運動を拡大させることが重要です。(法成立後、閣議決定する)運用基準についてパブリックコメントが実施される。パブコメに問題点を書き込む。世論の強い反対によって、使いづらい法律に変えることはできます」(海渡弁護士)
 諦めてはダメだというのだ。
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2024年06月06日

【オピニオン】「セクシー田中さん」問題を考える─著作者人格権への視点=萩山拓(ライター)

 日本テレビが昨年秋に放送した連続ドラマ「セクシー田中さん」の原作者である漫画家・芦原妃名子さんが、今年1月末に急死した。この「セクシー田中さん」問題を巡り、原作漫画を出版している小学館が、6月3日、86頁に及ぶ調査報告書を公表した。

小学館:報告書の概要
 その主な内容は、日テレからドラマ化の相談を受けた昨年6月当初から、芦原さんは小学館の担当編集者を通して、「必ず漫画に忠実に」することをドラマ化の条件として伝えていた。その後、原作にはないオリジナルとなる最後の第9、10話の脚本を巡って、日テレ側と食い違いがあった。結局2話は、芦原さん自らが脚本を執筆。
 ところが放送終了後に、脚本家が、その経緯の「困惑」をSNSに投稿し、それに芦原さんがブログで反論。
 こうした経緯の背景には、日テレが、芦原さんの意向を脚本家に伝え、原作者と脚本家との間を調整するという役割を果たしていない可能性があり、日テレ側が「原作者の意向を代弁した小学館の依頼を素直に受け入れなかったことが、第一の問題であるように思われる」と記した。

 一方で、報告書は小学館側の非にも言及。企画打診から半年間でのドラマ化について、「芦原氏のように原作の世界観の共有を強く求める場合には、結果として期間十分とは言えなかったと思われる」と指摘し、かつメールと口頭で映像化は合意されたものの、その条件にあいまいな要素があったとした。
 今後の指針として、版元作品の映像化の許諾を検討するに当たり、作家の意思や希望を確認し、その意向を第一に尊重した文書を作成し、映像制作者側と交渉するなどとした。さらに契約書締結の早期化や交渉窓口の一本化、危機管理体制の充実、専門窓口やサポート体制などの周知を挙げた。

日本テレビ:報告書の概要
 すでに日本テレビは5月31日に「セクシー田中さん」問題について、調査報告書を公表している。報告書によると、同局側は昨年6月までに小学館を通じ、ドラマ化に向けた芦原さんの意向を確認し、その意図を最終的にすべて取り入れたとしている。
 しかし、芦原さんの意向や要望が、同局側には提案程度と理解され、脚本家にも伝わっていなかった。しかも同局側は芦原さんと直接面会せず、その後も意思疎通が不十分なまま、改変の許容範囲や撮影のやり直しなどを巡り、芦原さんが不信感を募らせ、脚本家にも否定的な印象を持つようになったという。
 今後のドラマ制作について、報告書は制作側と原作者との直接の面談の必要性などを提言。連載中の作品のドラマ化では、最終回までの構成案を完成させ、オリジナル部分を明確にすることが望ましいなどとした。トラブル回避に向けては「原作者及び脚本家との間で可能な限り早期に契約を締結する」としている。

 報告書に目を通した有識者からは、「日テレは当事者としての猛省がない」と批判されている。まず報告書が「本件原作者の死亡原因の究明については目的としていない」とし、「芦原さんの死に対する哀悼、およびこうした事態に至った経緯への反省が感じられない」などの声が挙がっている。

欠ける著作者人格権の順守
 さて両社の調査結果から見えてくるのは、原作の改変をめぐって、当初から原作者とドラマ制作側との間で、認識の違いが明確になったことである。
 その背景には、ドラマの制作現場では、人手や制作費が少ない現状がある上に、オリジナル脚本によるドラマ化よりも、原作の評判にオンブして脚本・ドラマ化すれば視聴率が稼げるという計算である。こうした原作モノに頼りがちな映像メディアの事情に、さらに脚本家の意欲や野心なども絡んでくるから複雑になる。
 また出版社側もテレビ・ドラマ化により販売部数が飛躍できるという、売り上げ効果を望む背景がある。どっちもどっちで、それぞれの思惑を秘めながら自分に都合のよい解釈が横行する。

 原作者の意向や要望、はては著作者人格権まで踏みにじっていることすら気づかなくなる。日テレ報告書に対して「芦原さんの死に対する反省を第一に記すべきだった」と、識者から言われるのも無理はない。小学館の報告書には「芦原氏は独立した事業者であるから、小学館の庇護は必要としないかもしれない」という文言が記されている。
 小学館も日テレも、芦原さん本人任せにして、著作者人格権が脅かされているにも関わらず、事態を見守る状態を続けてしまったのではないか。「小学館の社員個人はできるだけのことをしたと思うが、芦原さんが問題を一人で背負い込んでいなかったか、組織として守るために何かできなかったのか。そこに小学館の責任がある」と、影山貴彦(同志社女子大教授)さんは指摘している(「毎日新聞」6/3付)。

著作者人格権:著作者の財産的利益ではなく人格的利益(精神的な利益)を守る趣旨で設けられている。勝手に著作物を公表や改変されないこと、著作物が著作者の名誉を害するような方法で使われないこと、著作者名の表示・非表示の権限を持つこと、などが著作者人格権にあたる。
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2024年06月03日

【おすすめ本】丸山美和『ルポ 悲しみと希望のウクライナ 難民の現場から』─戦禍に生きる人々・支援する仲間 ウクライナで育つ「いのちの連帯」=木原育子(「東京新聞」特別報道部記者)

 ロシアによる長引くウクライナ侵攻。両国の情勢や戦況を伝えるメディアが多い中で、著者の視点は戦禍に生きる生活者としてのウクライナ人に据えられている。戦争で日常を奪われ、傷ついた幾人もの生身の「人間」が、いずれも今の姿を包み隠さず、切々と語っている。
 本書の文章を追い続けるうち、まるでウクライナの荒野に、もしくは戦場に立たされているかのような、臨場感に襲われる。間近で見て触れて、感じてきた者でしか描けない渾身のルポルタージュと言ってよい。

 著者はポーランド在住のジャーナリストで、国立ヤギェウォ大学の非常勤講師も務める。侵攻直後からポーランドに逃れてきた人々の支援に奔走し、ウクライナにも19回入り、人々の「声」に耳を傾けてきた。
 放置された無人の焼け焦げたベビーカー、誰かに踏み付けられたように崩れた乳児院…。著者のスマホに撮りためた幾万枚もの写真は、ウクライナの痛みそのものだ。
 ただし本書には支援者たちの懸命な活動も紹介されている。タイトルに「希望」の言葉を込めたのはそのためだ。支援者が肩を寄せ合い奔走する姿は、拱手傍観しているとも思える日本社会に、警鐘を鳴らしているように取れる。

 著者自身、紆余曲折を経て46歳で単身ポーランドへ。「人は支え合わないと絶対に生きられない」と繰り返す。著者が体現してきた思いとともに、本書に描かれた多くの人の人生模様と「いのちの連帯」が、読む者の心を揺さぶる。今、手に取るべき至極の1冊だ。(新日本出版社2000円)
「ルポ 悲しみと希望のウクライナ」.jpg
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2024年05月30日

【焦点】健康被害が急増の<紅麹事件>、安倍政権の規制緩和が元凶=橋詰雅博

 小林製薬が独自に開発した原料「紅麹」を使った機能性表示食品(サプリメント)を服用した人の腎疾患、むくみ、倦怠感などの健康被害は拡大の一途だ。
 厚労省によると、「紅麹コレステヘルプ」などをのんで被害を訴えて病院で受診した人は延べ1594人、276人が入院し、5人が死亡した(5月19日時点)。ただ死亡と服用の因果関係は不明とされる。

 被害の広がりを受けて消費者庁は、機能性表示食品のあり方をめぐり、医療や食品衛生などの分野の専門家からなる検討会を、4月中旬に立ち上げた。関係団体へのヒアリングを重ね、これまで5回会合を開き、制度見直しの提言案をまとめた。それによると大きな柱は3つ。
 @健康被害について、製品に起因する疑いが否定できない場合、医者は症状の軽重を問わず消費者庁に報告、A生産・品質管理の厳格化では医薬品に義務付けられている製造時の管理基準(GMP)などを参考に一定の基準を設け、企業は順守状況の監視体制を行う、B国が安全性を審査する「特定保健用食品」(トクホ)との違いや医薬品との飲み合わせなどに関する情報を製品パッケージに記載する。
 消費者庁は、この提言を踏まえて今月末までに、内閣府令改正に向けた対応策をまとめる。

 科学的な根拠や安全性の情報を、企業が消費者庁に届け出れば販売できる機能性表示食品は、2015年に導入された。ここで忘れてならないのは、安倍晋三政権がこれを解禁に踏み切ったことだ。米国でのサプリメント市場の急拡大を受けて、日本の経団連は機能性表示を認める制度の早急な検討を2005年に要求。
 財界からの要請に応えるべく、安倍政権は徐々に規制緩和した。農民連食品分析センター所長の八田純人氏は、「機能性表示食品のルールブックつくるとき、消費団体の研究者たちが(健康被害)を懸念したが、政府に押し切られた」(新婦人しんぶん5月11日付)という。

 米国では機能性表示食品オキシエリートプロを服用した人が、急性肺炎を起こす健康被害が2013年に起きた。死者も出てルールを厳しくすべきと欧米で高まり、日本でも問題視した。
 しかし「世界で一番企業が働きやすい国」を掲げる安倍政権は、サプリ市場の拡大に走った。調査会社インテージによると、機能性表示食品のサプリ市場は、これまで急成長を続け、2023年の年間販売額は491億円と2017年の3倍超。今年も3月までは、毎月の販売額は前年同月比1割超のペースで増えていた。だが3月下旬の紅麹事件の発覚で、売り上げが急減した。
 これからサプリ離れに拍車がかかりそうだ。安倍政権の罪は重い。
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2024年05月27日

【おすすめ本】注目される新刊・近刊の短い紹介=萩山拓(ライター)

原田和明『ベトナム戦争 枯葉剤の謎』 飛鳥出版 5/15刊 2000円
ドキュメンタリー映画『ドクちゃん ─フジとサクラにつなぐ愛』が日本全国で順次公開中。日本製「枯葉剤」がベトナム戦争の際に使われていた。しかも残った枯葉剤が日本全国の国有林46カ所に不法投棄されていた! 占領下の沖縄に持ち込まれた毒ガス“サリン”。日米軍事同盟が隠した“化学兵器”の正体を暴く。改めて「枯葉剤の謎」を追った貴重な一冊。

犬飼 淳『インボイスは廃止一択─消費税の噓がよくわかる本』 皓星社 5/20刊 2000円
「政治の世界では裏金がまかり通る中、「STOP!インボイス」を叫ぶ市民は、「脱税」「ネコババ」と叩かれた。大手メディアが黙殺する中、消費税とインボイス問題にくらいつき、政府と対峙した著者と「インボイス制度を考えるフリーランスの会」の闘いを追い、インボイス制度の欠陥を分かりやすく説く。

黒井千次『老いの深み』中公新書 5/22刊 840円
90代の大台へと足を踏み入れた作家が綴る老いの日々。少しずつ縮む散歩の距離、少量の水にむせる苦しさ、朝ぼんやりと過ごす時間の感覚など、自身に起きる変化を見つめる。一方、年長者が背筋を伸ばしてスピーチを聞く姿に爽快感を覚え、電車の乗客の「スマホ率」など新たな発見も。「ファックス止り」の自分をなぐさめ、暗証番号を忘れて途方に暮れて……。老いと向き合い見えたこと考えたこと。(版元の紹介から)

小島俊一 『2028年 街から書店が消える日─本屋再生! 識者30人からのメッセージ』 プレジデント社 5/24刊 1700円
日本から街の本屋が消える! この事態に出版界のプロフェッショナル30人が、熱く本音を語る。出版界の現状を俯瞰しながら、いかに打開するか、再生への道筋を探る。本書を通して本屋が消え続ける理由をつかみ、さらに本屋の明るい未来への希望も感じ取ってほしい。

森まゆみ+山ア範子+仰木ひろみ『谷根千の編集後記』月兎舎 6/1刊 1600円
保育園のママ友だった著者3人、ともに1950年代生まれ。子を産み育てながら取材に編集に営業に奔走する。それぞれ主要に活躍する場は違うが、雑誌作りに当たっては一緒になって笑い、泣き、励まし合って歩んだ25年、編んだ地域雑誌「谷中・根津・千駄木やねせん」通巻94号分の編集後記を一冊に。

安田浩一『地震と虐殺─1923-2024』中央公論新社 6/19刊 1800円
関東大震災の発生直後、各地で飛び交ったデマによって多くの朝鮮人が命を奪われた。100年余りが経過した現在、歴史的事実を葬ろうとする者たち、人災を天災の中に閉じ込めようとする政治家、差別行為にお墨付きを与える行政……。差別やヘイトクライムの問題を長年追ってきたジャーナリストが、虐殺事件が及ぼし続ける様々な事実を浮き彫りにする。
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2024年05月23日

【出版トピックス】出版ネッツが「フリーランス法」の施行にあたって「意見」を提出

 フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が、今年11月に施行される。このほど政省令や指針に関するパブリックコメントが募集され、出版ネッツが「意見」を送った。
 内容については多岐にわたり、大部なページになっているので、出版ネッツがホームページに掲載(5月17日)した概要を紹介したい。

フリーランスの定義を広げたことは歓迎するが、「業務委託契約」を結んで働く人の中には、実態が労働者に該当する人たちが少なくない。実態が労働者である人には、労働関連法令が適用されることを周知徹底すること。

発注者が著作権を譲渡・許諾させる場合は、契約書の「給付の内容」に著作権譲渡・許諾の範囲を記載すること、「報酬の額」に著作権譲渡・許諾に係る対価を加えることなどが記載されたことは歓迎する。
 あらかじめ著作権譲渡(対価なし)と著作者人格権不行使の条項の入った契約書を提示されるというトラブル(フリーランスは断りづらい)が多発しているので、注意喚起をするとともに、トラブル防止対策を講じること。

法第5条(発注者の遵守事項)の適用対象となるのは「1か月以上」取引のある者とされているが、本来はすべての取引を対象とすべき。少なくとも「2日、あるいは3日以上」とすること。

「妊娠、出産、育児、介護と仕事の両立」がフリーランス法に入ったことは評価するが、「配慮」にとどまっており、「権利保障」という形になっていないことは不十分である。

 なお全文は、出版ネッツのホームページにPDF版(https://union-nets.org/archives/9232 )として掲載されている。
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2024年05月20日

【出版界の動き】生成AIが創作者の権利と意欲を損なう危機

「AIと著作権」を巡って
 高い機能を持つ生成AI が多種多様な分野に進出し、創作者の著作権が侵害されるケースが頻出し、社会的な混乱が生じている。あらためて創作者や権利者から、現在の著作権法に謳われる法規制について、その見直しが叫ばれている。政府も各種対応に追われている。
 この緊急テーマになっている 「AIと著作権」を巡り、どこまでコンセンサスが得られ、どこから先に議論の余地があるのか、上野達弘・奥邨弘司 編著『AIと著作権』(勁草書房 2月刊)が注目されている。世界各国の最新動向と日本における議論状況を踏まえ、今後の法規制の在り方を考える珠玉の論攷と座談会が収められている。
 本書では、著作権法30条の4を始めとするAIに関係する著作権法上の条文につき、細かな文言の使い方や他の条文との関係、改正の経緯(旧条文との関係)、主張立証責任の分配などの観点から、様々な解釈論が展開され、必読の書といってよい。
 さらに「山陽新聞」(5/12付)の社説が、<AIと著作権 創作意欲奪う>と題して、国の文化審議会がまとめた「考え方」を簡潔に要約し、クリエーターの創作意欲にかかわる問題を指摘している。読んでほしい。

KADOKAWA 3月期の連結決算、増収減益
 2024年3月期(2023.4.1〜24.3.31)の連結決算では、売上高2581億円(前年比1.0%増)、営業利益184.5億円(同28.8%減)、経常利益202億円(同24.1%減)、当期純利益113.8億円(同10.2%減)の増収減益の決算となった。「出版・IP創出」は売上高1420億円(同1.4%増)、営業利益103.6億円(同21.3%減)。

八重洲ブックセンター、6月14日オープン
 東京駅構内のグランスタ八重洲(東京・千代田区)の地下1階にグランスタ八重洲店をオープンする。昨年3月に営業を終了した八重洲本店の「レガシーを継ぐ」新店舗。売場面積72坪。営業時間は午前10時から午後9時まで。

講談社運営の「じぶん書店」がサービス終了
 電子書籍ストア「じぶん書店」は“自分の電子書店を簡単に開設できるサービス”として2017年にスタート。会員登録を行ったあと、講談社の電子書籍から自分が推奨するタイトルを選んで自分だけの電子書籍ストアを作るというユニークなスタイルで、作家が自らストアを立ち上げるケースも多かった。
 5月30日でサービス自体を終了するので、自分で購入した書籍の閲覧ができなくなる。代替として、2024年4月30日時点で購入済みの書籍については、QUOカードによる返金対応が5月12日まで行われた。

日販グループの23年度決算の概要
 12億円の経常赤字を計上。なかでも取次事業は36億円の赤字。それ以外の海外事業、エンタメ事業は増収増益で26億円の利益を計上する見通し。2期連続赤字の取次事業の立て直しが最優先課題となっている。

「期間限定 謝恩価格本フェア」の開催
 インターネットを通して5月14日〜7月16日正午まで開催。書店の棚にない本、全集、稀少本など出版社121社の約5300アイテムを、定価・価格の45%引きで販売。販売サイトは楽天ブックス: 謝恩価格本フェア https://books.rakuten.co.jp/event/book/bargain/shaon/ からアクセスを。
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2024年05月16日

【おすすめ本】新崎盛吾ほか『いま沖縄をどう語るか─ジャーナリズムの現場から』─本土との意識差 歴史継承の責務を問う=南 彰(琉球新報編集委員)

 「赴任するどころか、関連の取材や報道に携わった経験もほとんどない。沖縄に関わることを意図的に避け続けてきた」
 プロローグは、そう述懐する在京記者のファミリーストーリー。「観光地」以外の沖縄に向き合うことを無意識で避けている本土の人にも、自分ごととして引き寄せていく構成だ 。
 執筆したのは、沖縄の施政権返還50年目に法政大沖縄文化研究所が開いたシンポジウムに登壇した5人のジャーナリスト。シンポジウムでの発言を掘り下げて書き下ろしている。

 なぜ、「本土復帰」という表現を使わないのか。なぜ、復帰50周年記念式典での天皇の言 葉に「引っかかるもの」を感じるのか。 身近なエピソードを交えながら解きほぐす。
 そして、沖縄戦や日本復帰を生き抜いた先人たちの言葉が詰まっている。その一つが、2 007年の国会での安倍晋三首相と大田昌秀元知事の質疑だ。
 「安倍総理にとって沖縄とは何ですか」
 「沖縄の未来は大変素晴らしいものがあるのではないか」
 「私は大変暗いと認識しております」
 安倍政権は当時、辺野古新基地建設に向けた環境調査に自衛隊掃海母艦を派遣した。そ うしながら「未来は素晴らしい」と言い放った首相に、大田氏は「温度差なんていうもので はなく、人間的情感の問題だ」と語ったという。
 ジャーナリストが継承の当事者としての責務を負うことになった時代を示す一冊だ。(高文研1800円)
「いま沖縄をどう語るか」.jpg
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2024年05月13日

【出版トピックス】海外に目を向け進出する日本の出版界

ペンクラブが声明「国会の空洞化に抗議」
 日本ペンクラブ(桐野夏生会長)は9日、「国会の空洞化に抗議します」と題する声明を発表した。その内容はペンクラブ内にある4つの委員会が、政府が進める法案や緊急テーマについて、危惧される課題や審議の不足などを指摘し警鐘を鳴らしている。
 政策言論表現委員会は、「経済安保秘密保護法の廃案を求める」意見書をまとめ、秘密の範囲があいまいで、民間人の人権を侵害し、報道の自由に制約をかける恐れがあると指摘した。
 獄中作家・人権委員会は、6月10日に全面施行される「改定入管難民法」の問題点を詳細に指摘し、外国人排斥・外国人嫌悪があることを深く憂慮すると表明した。
 女性作家委員会は、「共同親権法」について、DV被害者を追い詰め、子どもの意思や権利が損なわれる法案であるとし、廃案を含め慎重かつ十分な国会審議を求める意見書をまとめた。
 環境委員会は、原発の廃炉のめどさえ立っていないのに、再稼働を急ぐ政府や、気候変動、食糧自給、地域経済の疲弊、森林や海の異変など、重要な政治課題について、国民の合意を得るような議論が進んでいない。国会をはじめ、政治の活性化を訴えると表明した。

 桐野会長は会見で、国境なき記者団が3日に発表した「報道の自由度ランキング」で、日本は70位だったことを挙げ、「日本の言論表現の自由が危機的な状況にある中で…いちばん議論しなくてはいけない国会の場で、最も言葉が軽くなり中身のある議論がされていないのではと危惧している」と訴えた。

日本の漫画5万点をAI翻訳で輸出へ
 AI(人工知能)翻訳を使って日本の漫画輸出を5年間で3倍以上に増やす、官民共同の取り組みが始まる。小学館や経産省が所管する産業革新投資機構(JIC)系など10社は、AIで漫画を翻訳する新興企業に29.2億円を出資。翻訳速度を最大10倍に高めて漫画の輸出作品数を増やし、日本のコンテンツ産業の成長を促す。
 AI翻訳を担う新興企業のオレンジ(東京・港区)が、7日に小学館などからの出資の詳細や漫画の輸出計画の概要を発表した(日経新聞5/6)。
 漫画の吹き出しに特化して翻訳するAI翻訳には、これまで東京大学発ベンチャーで大日本印刷も絡んでいる「Mantra」が、1.5億円の資金を調達して発足している。主に集英社の漫画作品を多言語サイマル配信している。
 今回の新興企業のオレンジが調達する資金額は「Mantra」の20倍。翻訳だけでなく、自ら海外向け電子書店の運営をするという(HON.jp News Blog 鷹野)。

「ツタヤブックストア」がカンボジアに進出
 日本の出版社・書店が海外進出を加速させている。CCCと双日の合弁会社「ツタヤブックス マレーシア」は、2034年までにカンボジアで「ツタヤブックストア」を6店舗出店する。その第一歩として、2025年にカンボジアの首都プノンペンで1号店をオープンする。
 カンボジアは安定した経済成長を続け、今後も人口増加が予測されている。しかも通貨に日本国旗が印刷されるほど、親日国家であることを踏まえ、契約締結と「ツタヤブックストア」の進出が決定した。
 これまでにCCCは台湾に計11店舗、中国本土に計12店舗、マレーシアに計2店舗出店している。今後はアジア太平洋地域におけるビジネスの強化を図る計画という。

「無書店」の自治体が全国で28%
 この3月の調査によると日本全体で書店が一つもない「無書店」の自治体は、全国で27.7%(482自治体)を占める。1書店以下の自治体は47.4%(825自治体)に上る。書店や取次、出版業者らで作る出版文化産業振興財団(JPIC)の調査で判明した。
 また日本書店商業組合連合会(日書連)の加盟書店数は2536店(4月1日現在)、前年比129店減、12店の新規加入があったが141店が脱退。加盟書店数は1986年の1万2935店をピークに37年連続で減少。組織の規模はピーク時の2割弱まで縮小している。

紙の出荷量ピーク時の半分 デジタル化が影響
 ペーパーレス化が進み、紙の需要は減少が続く。昨年度の国内出荷量は948万トン。初めて1000万トンを下回り、2007年度のピークからおよそ半分に落ち込んだ。
 背景にあるのは、ペーパーレス化やデジタル化の拡大で、製紙業界やオフィス向けの複合機業界では、原材料の調達や生産面での技術協力などで提携する動きが進む。事業再編や業界再編の動きが加速するのは避けられない。
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2024年05月09日

【焦点】どうなっている憲法審査会の動向─議員任期延長を突破口に危険な改憲に突入、戦争する国づくりへ=橋詰雅博

 憲法施行から77年となる今、その憲法が試練のときを迎えている。自民党の派閥裏金事件に端を発した「政治とカネ」の問題が、大きく報じられているが、見過ごされているのは衆議院憲法審査会の動向だ。メディアはほとんど報道しないが、実は自民、公明、維新、国民民主などが、一体となって改憲への作業を着々と進めている。
 その突破口となっているのは国会議員の任期延長論だ。任期延長論と改憲、一見無関係に見えるが、大災害など自然災害やパンデミック(感染症の世界的大流行)を口実にして、国家有事・武力攻撃(戦争)事態が起こったときは、適正な選挙の実施が困難と予想されるので、内閣の判断で半年又は1年(再延長ではそれ以上)、任期延長を認めるよう憲法を変えようというものだ。
 自民党の中谷元筆頭幹事は、具体的な条文起草作業機関の設置を昨年12月に提案している。

 改憲問題対策法律家6団体連絡会事務局長の大江京子弁護士は、その本質をこう述べている。
 「国会議員の任期延長論は、憲法に武力攻撃(戦争)を明記し、内閣の恣意的な判断で、民主主義の根幹であり、国民主権原理に基づく基本権である国民の選挙権を制限(停止)できるとする改憲です。非戦の憲法に堂々と『戦争』が書き込まれることとなり、国民主権と平和主義に大きな例外を認めるものです。(中略)戦争できる国づくりの一環という本質を持ったものです」(2024年4月20日「新婦人しんぶん」)。

 日本では戦前「選挙を行うと挙国一致体制整備に疑いを生じさせる」という理由で1941年(昭和16年)2月に衆議院選挙が1年延期された。その間に国民の抑圧を可能にした国防保安法や治安維持法が制定改正され、反戦論を封じ込めた。その年の12月8日、日本は米国との太平洋戦争に突入した。
 2022年末に安保3文書改定(防衛費の大幅増額や敵基地をたたく反撃能力保有など盛り込む)を閣議決定し、憲法9条に基づく専守防衛の基本を捨てた岸田文雄内閣は、バイデン米政権の意向に沿い対中国と戦う態勢を進めている。

 自民党は国会議員任期延長を憲法に盛り込み、最終的に9条2項(陸海空軍その他の戦力は保持しない。国の交戦権は認めない)の改憲を狙う。国会議員任期延長は、その布石と大江弁護士は見ている。
 国民の知らぬ間に危険な改憲、すなわち戦争する国づくりが間近に迫る。いまこそ自由や平和な生活を奪う「軍拡・戦争準備」に断固反対の声を上げなければならない。
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2024年05月06日

【おすすめ本】松岡かすみ『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』─表面からは窺い知れない実態と権利擁護の難しさ=坂爪真吾(NPO法人「風テラス」理事長)

「出稼ぎ日本人風俗嬢」.jpg 本書は海外で出稼ぎを行う日本人風俗嬢たちの仕事内容、出稼ぎに至る経緯、海外での暮らしぶりなどを詳細に綴ったルポルタージュである。
 「出稼ぎ」という言葉にはカジュアルな響きがあるが、その実態は完全な不法就労である。売春を合法化している国もあるが、不法就労の外国人女性が働くことまで許している国は存在しない。
 本書には、海外で出稼ぎ売春経験のある女性たちが登場する。それぞれの女性の語りの中には、確かに頷ける部分や共感できる部分もある。しかし、少なくとも海外での不法就労による売春行為を、社会的に擁護・正当化できるようなエピソードやロジックは、まったく出てこない。
 女性たちが海外での売春に駆り立てられる理由を、きちんと言語化しないと、「不法就労だから摘発しろ」で終わってしまう。仮に言語化できたとしても、「とはいえ不法就労だから摘発しろ」の声は消えず、同じ結果になる可能性は高い。

 売春が法律で禁止されている国での性労働従者の権利擁護が、難しい理由はこうした点にあるのだろう。当事者を支援すること自体が、不法就労に加担することになり、違法な仕事を黙認・斡旋していると見なされてしまう。
 そう考えると「風俗」という合法的なカテゴリーがある日本は、海外に比べて性産業従事者の権利を、守りやすい国なのではないだろうか。
 日本の「風俗」を嫌って海外に飛び出した女性たちのルポルタージュから見えてくるものが、むしろ日本の「風俗」という枠組みこそが、女性たちを法的・社会的に守ることができるという現実は、なんとも皮肉なことである。(朝日新書870円)

 なお著者の松岡かすみさんが<現代のからゆきさん>沁タ態と今後>と題して、下記の日程でオンライン講演をされます。奮ってご参加ください。
日時:5月11日(土) 14:00〜16:00
参加費:500円
当オンライン講演会に参加希望の方はPeatix(https://jcjonline0511.peatix.com/)で参加費をお支払いください。ZOOMにてオンライン 記録動画の配信あり。
※JCJ会員は参加費無料。jcj_online@jcj.gr.jp に支部・名前を明記の上、申し込みを。
講演者プロフィール:松岡かすみ(フリーランス記者) 
1986年高知県生まれ。同志社大学社会学科卒業。2015年より「週刊朝日」編集部記者。21年からフリーランスとして、雑誌や書籍、ニュースサイト、ウェブマガジンなどのメディアを中心に活動。
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2024年05月02日

【マスコミ評・出版】本当は怖い「サプリ・健康食品」をあおった週刊誌=荒屋敷 宏

 「名医はこんな『健康食品』『サプリ』を使っている」(「週刊現代」2018年7月7日号)と、健康食品ブームをあおってきた週刊誌が「『紅麹』だけじゃない 本当は怖い『サプリ・健康食品』」(同誌2024年4月6日・13日合併号)と、手のひらを返すように、小林製薬が製造・販売した「機能性表示食品」の危険を緊急特集している。「はて?」である。

 命に関わる問題を取り上げるのは当然としても、無責任に健康食品の広告を掲載し、副作用に注意を喚起してこなかった過去に沈黙するのは、いかがなものか。週刊誌が電力会社の原発推進広告を掲載してきたことへの反省がないのと似ている。
 「小林製薬の紅麹健康被害 6つの疑問」の特集を組んだ「サンデー毎日」4月21日号によると、健康被害の報告があったのは1月15日で、小林製薬が自主回収を発表したのが3月22日。2カ月余りも放置していたとは呆れる。
 「機能性表示食品」とは、事業者の責任により、論文などをもとにして科学的根拠を示し、開発して、効用性や機能性を表示できる食品だという。2013年、安倍元首相は「アベノミクス」成長戦略第3弾で、「機能性表示食品」の解禁を宣言した。機能性表示導入の裏に、アメリカや財界の圧力を指摘した週刊紙「しんぶん赤旗」日曜版4月14日号の記事は注目に値する。

 「週刊ポスト」4月26日号は、「健康食品の『副作用』50品目リスト」と、厚労省がホームページから削除した情報を復元している。老化予防サプリ≠ニして宣伝されているコエンザイムQ10は、吐き気、嘔吐、下痢などの副作用が報告されている。
 また「関節痛を和らげる」と大宣伝されているグルコサミンも、膨満感、吐き気、下痢、便秘の副作用がある。その他、アロエで急性肝炎、マテ茶にがんリスク、ビタミンDで腎不全などの危険があるという。

 「ブルーレット」「ナイシトール」「熱さまシート」などのCMで知られる小林製薬の企業体質について、「週刊文春」4月11日号や「週刊新潮」4月18日号が、小林一族が株、不動産、馬など資産1600億円を有し、「治験データ改ざん」に手を染め、売れればいい≠ニいう姿勢が強いとの識者の証言を紹介している。
 社名に「製薬」と銘打っているものの、医療用医薬品は取り扱っていないとは、恐るべき企業である。
 週刊誌は、国民の命を大切にする報道姿勢に徹するべきだ。過ちを繰り返してはならない。
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2024年04月29日

【おすすめ本】見たり聞いたり編さん委員会『見たり聞いたり 東海地方のマスコミ70年の歩み 』─メディアが果たした役割と影響を綿密に辿る=山本邦晴(JCJ東海・元共同通信社)

 東海地方のマスコミを対象とする業界紙「新聞報」が創刊70年を機に、新聞、放送、広告業界の出来事を振り返った。
 太平洋戦争の敗戦を経て恵まれた平和は、この地方でもブロック紙の中日新聞をはじめ、新聞の部数増をもたらし、ラジオ、テレビ放送各社の創設と拡大を促した。

 1951年に民放として、日本で初めてラジオ電波を発信した中部日本放送(CBC・名古屋)は、「中日新聞が中部地区の財界を巻き込んで設立にこぎ着けた」放送局だ。
 放送メディアは財界の輿望を担ってスタートしたといってよい。経済の高度成長と共に増え続け、1983年のテレビ愛知開局で主要なラジオ2波、テレビ5局が出そろった。

 新聞も2000年に中日新聞が270万部を超え、朝日新聞(地方版)は43万部とブロック紙並みの部数を誇り、1975年に中部地方への進出を果たした読売は19万部に伸ばした。新聞と放送が、この地方の社会・文化に大きな影響を与えたことは間違いない。
 しかし、バブル崩壊後の経済低迷とIT技術の進展による情報伝達の多様化は、新聞の部数急減と放送の広告出稿減を招き、マスコミ業界が大きな危機に直面しているのは、東海地方も同様だ。
 部数減の中でも高い信頼性を誇る新聞が「第4の権力を発揮すること」が未来につながるとの見方を示し、放送には「知的好奇心を満たす」ことが大きな役割だとして、IT技術を活用した業務の展開を期待する。
 <ビートルズ日本公演の主催者はCBCと読売新聞><さだまさしを全国区に押し上げた深夜放送の力>といったエピソードも紹介している。(三恵社2000円)
「見たり聞いたり」.jpg
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2024年04月25日

【焦点】ガザで実証済みAI兵器 イスラエル新興企業が輸出へ 民間人犠牲者の急増必至=橋詰雅博

 AI技術先進国のイスラエルでは、新興企業が自ら開発した各種AI兵器の輸出に乗り出している。これらの兵器はパレスチナ自治区ガザで、ハマスと戦闘を続けるイスラエル軍に提供したもので、実証済みであることがセールスポイントだ。
 たとえばスマートシューター社の代表製品は、標的を自動識別する装置。イスラエル軍は「ハブソラ(福音)」と名付けており、英国陸軍は小型のものを小銃に装着して、ドローン撃墜する訓練を行っていると英BBCは報じている。

 空爆・砲撃の標的を、自動的に数多く設定する「ハブソラ」は、どれほどの威力なのか。イスラエルが「鉄の剣」作戦と名付けた今回のガザ戦争について、1月13日JCJオンラインで講演した、元朝日新聞記者の中東情勢ウオッチャー・川上泰徳氏はこう語った。
 「イスラエルネットメディア<+792マガジン>の調査報道によると、イスラエルがガザを攻撃した過去の事例では、2008年の1日平均標的数は155カ所、2014年は122カ所、2021年136カ所だったが、2023年は429カ所。過去3回の1日平均138カ所に対して、今回はその3.11倍にもなる」
 さらに情報部員は「数万人の情報部員では処理できなかった、膨大な量のデータを処理するハブソラは、リアルタイムで標的を示す」「ハマス幹部への攻撃の巻き添えで、民間人の死者は数百人にまで増加した」と述べた。

 この結果、どうなったか。世界保健機構によると、2008年、2014年、2021年の女性・子どもの死者は38%〜41%、非戦闘員の男性は60%。ところが2023年になると、女性・子どもの死者は69%に達し、男性は30%。過去3回の数字と逆転し、女性・子どもの死者が急増している。
 ハマスを「人間の顔をした動物」(ガラント国防相)と捉えるイスラエルのガザ攻撃は、民間人も対象にした「ジェノサイド(集団殺害)だ」と川上氏は断罪した。
 AI標的システムの拡大は、紛争地での民間人の犠牲者を大きく増やすのは間違いない。
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2024年04月22日

【余生私語録】第12回─倉敷の街で見つけた古本屋に並ぶ「岡山文庫」の1冊=守屋龍一

瀬戸内海の東半分を巡る旅で
 4月上旬、夏を思わせる気候のなか、中国・四国を巡る旅に出た。といっても岡山まで飛行機で飛び、瀬戸内海の東半分を海に沿い、円を描くように時計周りする3泊4日の<夫婦旅>である。
 これまで訪れていない名所に行くため、岡山からは東へ行く幹線道路を使って瀬戸内の牛窓オリーブ園、姫路城、神戸「異人館」に行き、明石海峡大橋を渡り淡路島の各地へ。そして大鳴門橋の上から鳴門のうずしおを見る。さらに高松・栗林公園から瀬戸大橋を渡って倉敷へ。その途中での経過は省いて、ここでは倉敷での体験を披露したい。

倉敷美観地区そぞろ歩き
 倉敷の日中は22℃になるとか、もう午前から暑い。JR倉敷駅南口からまっすぐ、大原美術館などのある倉敷美観地区に向かう。桜散る倉敷川に沿ってそぞろ歩き。立ち並ぶ店を覗く。中橋を渡って倉敷考古館のわきを通り、本町郵便局の前に出る。左右に「本町通り」が伸びている。
 弧を描くような道筋の両側には、これまたカフェ、雑貨店、食べ物屋、ギャラリーなどが並ぶ。友人が、この通りに「おいしい岡山のブランド牛・千屋牛を出す店があるから寄ってみたらいいよ」とのアドバイスを思い出して探す。本町通りもはずれの方にあった。店の名は「有鄰庵」、だが本日は定休日で閉店、がっかり。

<蟲文庫>で見つけた1冊
 気を取り直し歩き進めると古本屋が目に入る。すぐに入ってみる。店名は<蟲文庫>。壁を取り巻いて、天井まで届く書棚や中仕切りの棚には、本がジャンルごとに分けてびっしり。また足もとにも本や雑誌が積まれている。
蟲文庫の店内3.JPG
<蟲文庫>の奥にある帳場付近

 時間はたっぷりあるので、メッケ本がないか書棚をじっくり見て回る。気になったのがズラリと並んだ「岡山文庫」。そのシリーズには抜けているのもあるが、300巻ほどはあろうか。
 いくつか気になった巻もあったが、倉敷ぶんか倶楽部編『森田思軒の世界─明治の翻訳王・ジャーナリスト』(岡山文庫274 税込み定価946円)を、600円(税込み)で購入した。全く未知の人物の仕事や生涯を知りたくなったからだ。
「私の小さな古本屋」.jpg <蟲文庫>の広さは8坪ほど。店主は中年?女性が、うず高く積まれた本の奥にある帳場に座っている。支払いの際、彼女と少し話ができた。この2月7日で開業30年を迎えたという。建物は築100年以上と伝わる民家で、しばらく前は煎餅屋だったのを全面的に改築して開店したそうだ。
 買い求めた文庫はハトロン紙の袋に入れてくれた。そこには墨で描いた<マヌル猫>と所在地の住所がスタンプされている。30周年記念のポストカードと栞も頂戴した。
 なお帰宅してから、<蟲文庫>の開業裏話やその後の日常を綴った、店主・田中美穂さんの著書『わたしの小さな古本屋』(ちくま文庫/2016年)があるのを知った。ここに掲載した本書のカバーにある木版カットは、<蟲文庫>の正面入り口から奥を描いている。

やっと味わった「ままかり」
 さて食べ損ねた千屋牛の代わりに、岡山といえば「ままかり」。食べられる店を探す。倉敷美観地区内には見当たらない。やっと地元の人のアドバイスを得て、「ゆうなぎ」という店に向かう。美観地区入口・交差点を渡って西に向かう道のすぐ左側にある。
 店に入ってメニューを見ると、「鰹と鰆の藁焼き定食」が目を引く。「ままかり」は? と尋ねれば、「瀬戸内定食」には、その小鉢がつくという。藁で焼いた新鮮な鰹と鰆の刺身も、「ままかり」の酢漬けも食べたい。それぞれに定食を注文してシェアすることにした。
 東京では「こはだ」を思わせる「ままかり」だが、小鉢に盛られた小さな2尾を、妻と1尾ずつ大事に大事に味わう。<まま(飯)をかり(借り)に行くほどおいしい>から、「ままかり」と名づけられた通り、端麗な味が口内に広がり飯が進む。

『森田思軒の世界』を読む
『森田思軒の世界』.jpg 帰路もまた「ももたろう空港」から羽田へ。1時間半ほどの機中で、購入した『森田思軒の世界』を読む。2011年10月20日発行、コート紙156頁・4部構成、活字は12ポ組、写真多数。
 その主要部は思軒の弟による伝記の復刻である。そこからは家族から見た思軒の姿がつかめる。また収められた思軒の随筆からは翻訳に対する考え方がストレートに伝わってくる。だが文体の漢文調などのせいか読みにくい。
 つっかえつっかえ読んだ感想は、思軒の早熟ぶりと周囲の嫉妬、政治を志したものの結局は文学を選択していく過程など、36歳の若さで夭折した「明治の翻訳王・ジャーナリスト」の気概には驚く。
 帰宅してから、いろいろ調べてみた。まず「岡山文庫」は発行所:日本文教出版の創立15周年記念事業の一環として1964年に創刊され、2021年までに324巻が発行されている。「倉敷ぶんか倶楽部」については、文庫の奥付に概略が載っている。それによると「1996年12月に発足、郷土・岡山の文化・歴史を掘り起こし、その成果を普及する団体」とある。
 念のため森田思軒の略年譜を付記しておこう(2024/4/22)

森田思軒:文久元(1861)年、岡山県笠岡村(倉敷市の西隣)に生まれる。慶應義塾、興譲館に学び、明治15(1882)年に上京。矢野龍渓が主宰の郵便報知新聞社に入社。中国各地やヨーロッパに特派され通信を投稿。
 明治29(1896)年には黒岩涙香に招かれ萬朝報に入社し、同紙を刷新した。さら翻訳家・批評家として活躍する。徳富蘇峰が主宰の「国民之友」にも論文・翻訳小説を寄稿した。退社後も多くの作品を発表し、「翻訳王」と評された。
 翻訳の代表作に、ヴィクトル・ユゴー『探偵ユーベル』『死刑前の六時間』、ジュール・ベルヌ『十五少年』(十五少年漂流記)などがある。岡倉天心、森鴎外、幸田露伴らとも親交があった。明治30(1897)年 に36歳で腸チフスを発症して死亡。

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